光格子時計は,既存のセシウム原子時計を超える精度を誇る新時代の計時技術となっている。今回,島津製作所 基盤技術研究所 先端分析ユニット 副ユニット長の東條公資氏に光格子時計の製品化を中心に,光技術開発の軌跡などついて話を聞いた。

レーザーと歩んだ30年
─光・レーザー技術との関わりについて教えてください
私は大学時代,機械系を専攻しており,光とは無縁の超音波による非破壊検査を行なっていました。材料力学・熱力学・流体力学・機械力学といった4 力学を学んでいましたが,1991 年に入社してすぐ,突然「レーザーをやってほしい」と言われ,未知の分野に飛び込むことになりました。当時は半導体レーザー(LD)励起の固体レーザーが世の中に知られ始めた時期で,それまで主流だったランプ励起方式から,1988年頃にLDで固体レーザーの性能が飛躍的に向上すると提唱され,すぐに関わることになりました。
LD励起固体レーザーとともに語られるのが波長変換です。波長変換には非線形光学結晶が必要で,その結晶成長や研磨は手間のかかるものでしたが,これを解決する技術として登場したのがQPM(分極反転素子)でした。当時は多くの研究者が取り組み,大阪大学の山本和久先生らがブルーレイディスク用波長変換技術を開発し,光源として実用化が進みました。青色レーザー光により光ディスクの高密度記録が可能になりましたが,最終的には中村修二氏(現・カリフォルニア大学バークレー校)や天野浩氏(名古屋大学)らによるGaN半導体レーザーが主役となり,ブルーレイディスク用光源としての固体レーザーは花開きませんでした。
私たちはブルーレイ向けではなくアルゴンレーザーの置き換えとして,青色LD励起固体レーザーを開発しました。用途は写真店のミニラボ装置で,これはフィルム現像からプリントまでを自動化した機器です。デジタル版ではRGB三原色のレーザーが必要で青色と緑色には,我々のレーザーが搭載されました。かつては年間数千台を生産し,世界有数のレーザーメーカーの一つとなりました。しかしデジタルカメラの普及に伴い需要が縮小し,次に取り組んだのがDNAシーケンサーです。第一世代のキャビラリー電気泳動方式で,DNAの蛍光標識を励起するための505 nmのレーザーを開発しました。この波長はDBR技術を用いた赤外半導体レーザーを波長変換して得られたものでした。
私たちの強みは少し変わった波長を出せることでしたが,半導体レーザーの多波長化が進み,その応用技術にも踏み込みました。その一つがディスプレー光源です。当時,プロジェクションマッピングなど大型映像の高色彩化に向けて,レーザー光源の提案と実験を行ないました。レーザー単体では全く出力が足らないところを,多数の半導体レーザーを並べてコンバインして光ファイバに結合する方式を提案し,NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトにも参画しました。
物理学の分野ではレーザー冷却に青色レーザーが使われており,私もいつかは原子冷却の世界に携わりたいと思っていました。2015年,京都大学の本庶佑先生を通じて東京大学の香取秀俊先生のご指導をいただけることになり,JST未来社会創造事業への参画で光格子時計の開発が本格的にスタートしました。光格子時計は7本の様々な波長のレーザーを用いて極めて精密な時間計測を可能にします。香取先生が社会実装を見据えてエンジニアリングレベルまで踏み込み,安定運用のノウハウを直接指導してくださいました。こうして課題を一つずつ克服し,現在の形に辿り着きました。
光格子時計の商品化が求められる背景の一つとして,2030年に予定されている「秒の再定義」があります。現在の時間はセシウム原子を基準にしていますが,光格子時計はそれを上回る精度を持っています。このままでは,より高精度な時計が存在しても,その価値を正しく評価できないという問題があります。2030年の再定義に向け,それまでには誰でも入手できる形で提供されていることが理想であり,今回の製品化はそのための重要な一歩となりました。



