半導体レーザーは小型、高効率という強みを持つ一方で、高出力化するとビームが乱れ「輝度」が伸びないという壁があった。フォトニック結晶レーザーはその常識を塗り替えつつある。その研究の先駆者である京都大学高等研究院・特別教授の野田進氏に、研究開発の出発点から産業化への展開などについて話を聞いた。

野田 進(のだ すすむ)氏
京都大学 特別教授
1984年京都大学工学研究科修士課程修了(1991年論文博士),2000年京都大学工学研究科教授。2024年フォトニック結晶レーザー研究所代表理事、2025年京都大学高等研究院 特別教授/副院長。受賞多数、2026年英国ランク賞(受賞決定)
日本発、光デバイスの新主役
原点はDFBレーザー
─フォトニック結晶研究を始めたきっかけは
原点は三菱電機でDFBレーザーの研究を行なっていたことです。DFBレーザーは、その内部に回折格子、すなわち1次元周期構造をもち、ストップバンド(1次元フォトニックバンドギャップ)が形成されるので、フォトニック結晶の研究と極めて親和性の良いものでした。当時行っていたDFBレーザーは、2次の回折格子を用いており、面発光レーザーとしても動作しました。ただし、出射ビームは扁平な扇形のビームで、かつ、高出力化のためにストライプ幅を広げると横モードが多モード化して、面発光ビームも大きく乱れ、一点に集光出来ないというジレンマがありました。「1次元を2次元、3次元にしたらどうなるのか」という素朴な興味が、フォトニック結晶へ向かわせました。
大学に移ってからは、まず、世界的にも萌芽期にあった、完全3次元フォ トニックバンドギャップ結晶の研究に取り組みました。これは、先に述べたストップバンドを3次元に拡張・拡大し、光が存在出来ない光絶縁体を作り、そこに人為的な微小欠陥を導入することで、微小光回路やゼロ閾値レーザーの実現を目指すもので、本記事の主題である大面積で光を制御するフォトニック結晶レーザーとは、コンセプトを異にするものでした。当時、3次元完全結晶は光波長域では、誰も実現に成功しておらず、作製も設計も桁違いに難しいものでした。様々な苦労を経て、1999年に初めてその実現に成功しましたが、それ以上の発展は難しい状況でした。
そうした中、3次元バンドギャップ結晶の開発で確立した計算手法をもとに、発想を転じました。薄いスラブ構造を導入し、上下は全反射で閉じ込め、面内を2次元バンドギャップで制御する2.5次元バンドギャップ結晶です。最初、周期的な孔が光を上下に漏らすのではという心配がありましたが、空孔の充填率やスラブ厚さをうまく選べば、線状の人為欠陥を導入すると漏れない微小光導波路ができ、点状の人為欠陥を導入すると微小光共振器になり、光を捕獲できることを見出しました。それですぐに実験へ移り、2000年にNatureで論文を発表しました。さらに、点状欠陥の周りの空孔の位置を巧みに制御すると、共振器Q値が桁違いに増大することも見出しました。

2003年と2005年に発表した、NatureおよびNature Materialsの論文は、クラリベートから、New Hot Paperや、Fast Moving Front Articleとして顕彰され、みるみる論文引用数が増えて行きました。なお、繰り返しになりますが、この2.5次元結晶は、本記事の主題であるフォトニック結晶レーザーとは、コンセプトが異なるものですが、この結晶の発案により、フォトニック結晶の研究が爆発的に発展し、ナノレーザーや量子光回路にも導入されるようになりました。さらにトポロジカルフォトニクスや、メタサーフェスの原型にもなっています。近年はIOWNのような光ネットワーク構想でも、損失や干渉を抑えた光制御の基盤技術として期待が集まりつつあります。
上記のフォトニックバンドギャップ結晶の研究と並行して、本記事の主題である、フォトニック結晶レーザーの研究にも取り組みました。こちらは、まさに、三菱時代のDFBレーザーにおけるジレンマを解決するために開始したもので、上述のフォトニックバンドギャップではなく、バンド構造の特異点に注目し、この特異点で2次元大面積コヒーレント動作するのではという発想で取り組んだものです。幸運にも1999年に、初めて、大面積(当時は、直径300μm)で、2次元コヒーレント発振に成功し、DFBレーザーでは成し得なかった、極めて狭い面発光ビームが得られました。



