フォトニクス産業の黎明期から、デバイス物理と数値シミュレーションの最前線に立ち続けてきた研究者がいる。フォトンデザイン(英国)のドミニク・ギャラガー博士だ。研究者としての原点、ソフトウェア開発の思想、そしてフォトニクスの未来について話を聞いた。

シミュレーション技術の進化と未来
フォトニクス研究の道
─博士のバックグラウンドについて
子どもの頃から物理学に強い関心を持っていました。英国ケンブリッジ大学で物理学を専攻し、当初は核融合分野に進むことも考えていましたが、最終的にはフォトニクス分野で博士号を取得することになりました。博士課程では、高速半導体レーザーのモデリングに取り組みました。当時、英国ではBT(British Telecom)が1.55 µm帯レーザーの研究開発を積極的に進めており、ケンブリッジ大学もその中心的存在でした。通信波長として非常に注目を集めていた時代で、研究者として刺激に満ちた環境でした。
─研究はケンブリッジで続けられたのですね
博士号取得後は、同じくケンブリッジ大学でポスドクとして研究を続けました。テーマは光論理(オプティカルロジック)です。レーザーやオプトエレクトロニクスを基盤とした論理動作の研究で、このときの成果は学術誌の表紙を飾る論文としても紹介されました。実は、現在Photon Designのロゴの原型になっているアイデアも、このポスドク時代の研究に由来しています。
独での研究と世界記録の達成
─その後、ドイツへ渡られたと伺いました
ケンブリッジで約8年間研究を続けた後、新たな環境を求めてドイツのフライブルクにあるフラウンホーファー応用固体物理学研究所(Fraunhofer Institute for Applied Solid State Physics)に移りました。ここでは高速半導体レーザーの研究プロジェクトに参加し、変調速度において世界記録を更新する成果を上げることができました。私の役割は主にモデリングでした。当時は自分を「理論家」だとは思っていませんでしたが、結果的に最も理論に詳しかったため、その役割を担うことになりました。
─実験と理論の密接な関係を実感された時期だったのではないでしょうか
まさにその通りです。優れた実験結果の背後には、必ず優れた理論とモデルがあります。この経験が、後のソフトウェア開発における思想の基盤になっています。
「やりたいこと」が見つからない
─Photon Design設立の経緯を教えてください
ドイツでの契約は2年間でした。その終了が近づいた頃、新しい職を探しましたが、心から「やりたい」と思えるものが見つかりませんでした。そこで、「それなら自分で仕事を作ろう」と考え、1991年にPhoton Designを立ち上げました。
当初は本当に一人きりで、フォトニクス産業自体もまだ小さな市場でした。しかし、業界を支えるためのソフトウェアはほとんど存在しておらず、そこに大きな可能性を感じていました。

─創業当初はどのようなソフトウェア開発を
最初は、ドイツ時代に開発したモデルをベースにした、シンプルなツールでした。たとえば、1次元波動方程式やシュレーディンガー方程式を解くプログラム、簡易的な半導体レーザーモデルなどです。これらはすべてDOS環境で動作し、しかも32 KB程度のメモリ制約の中で動かさなければなりませんでした。今では考えられない制約ですが、だからこそアルゴリズムの効率性を徹底的に追求する必要がありました。
─転機となった製品は
初の本格的な製品「FIMMWAVE」は、最初はオランダのPTT(通信事業者)との契約研究として開発したものです。偏波回転子をモデリングするためのツールでしたが、汎用性の高さに気づき、製品化しました。
驚くべきことに、「FIMMWAVE」の初期バージョンはGUIとマニュアルを含めて7週間で完成しました。今振り返ると、自分でもどうやって書いたのか分かりません。
─その後の製品開発の発展について
ケンブリッジ時代の同僚が加わり、固有モード展開法(Eigenmode Expansion)を用いた汎用的な導波路解析ツールとして「FIMMPROP」を開発しました。当時、既存手法よりも高速かつ信頼性の高い実装を実現できたことが、Photon Designの急成長につながりました。特にシリコンフォトニクスでは、高屈折率コントラスト構造の解析が必要になります。ビーム伝搬法(BPM)やFDTD法は、精度や計算時間の面で課題がありました。その点、私たちのアプローチは「速くて正確」というニーズに合致していました。



