新規赤外受光材料の開発に向けたMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長

著者:茨城大学 坂根駿也

1. はじめに

近年,人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT),自律航行ドローン,自動運転技術などの急速な発展に伴い,多様な波長帯域における赤外受光センサーの需要が飛躍的に増大している。光の波長帯域は用途によって大きく分類されるが,その中でも波長が概ね900〜2500 nmの帯域である短波赤外(SWIR:Short-Wavelength Infrared)光は,可視光に比べて大気中の微粒子や水滴による散乱の影響を受けにくく,煙や霧などの悪天候下でも高い視認性を確保できるという特長を有している1)。さらに,波長1400 nm以上のSWIR光は眼の角膜や水晶体で吸収されやすく網膜まで到達しにくい「アイセーフ」な波長帯域として知られており,自動運転用のLiDAR(Light Detection and Ranging:光による検知と測距)など,高出力なレーザー光源を用いるシステムにおいて極めて重要な波長帯域となっている。現在のSWIR帯域における代表的な受光素子材料としては,InGaAs(インジウムガリウムヒ素)やHgCdTe(水銀カドミウムテルル),InAsSb(インジウムヒ素アンチモン)などが広く実用化されている。

しかしながら,これらの材料系はInP(インジウムリン)などの高価な化合物半導体基板を用いてエピタキシャル成長(基板の結晶軸に揃えて薄膜を成長させる手法)させる必要がある。また,水銀(Hg)やカドミウム(Cd),ヒ素(As)といった強い毒性を持つ元素を含んでいることなどから,製造コストの低減や環境負荷の観点で大きな課題を抱えている。さらに,近年の半導体産業において重要視されているのが,情報処理デバイスの主役であるシリコン(Si)プラットフォーム上に,直接光・電子素子を集積化する「シリコンフォトニクス」技術である(図1)。Si基板上に受光素子を直接作製できれば,大規模な集積回路との融合が可能となり,大幅なコスト削減と素子の小型化が実現する。しかし,Siのバンドギャップ(電子が存在できないエネルギーの領域)は約1.12 eVであるため,波長約1100 nm以上の赤外光に対しては透明となり,SWIR光を直接検出することができない。

このため,Si基板上に直接成膜が可能であり,かつSWIR帯域で優れた光応答を示す,新規かつ環境調和型の材料開発が強く求められている。このような背景のもと,筆者らの研究グループは,地殻中に豊富に存在し毒性のない元素のみから構成されるZintl(ジントル)相化合物であるMg3Sb2(マグネシウムアンチモン)に着目し,研究を進めてきた。これまでに,同じMg系化合物であるMg2Siを用いた環境調和型の短波赤外向けフォトダイオードの開発などを報告している2, 3)。さらに近年は,組成制御により柔軟にバンドギャップを調整できるMg3Sb2(マグネシウムアンチモン)系材料へと展開し,サファイア(c-Al2O3)基板上への高品質なMg3Sb2エピタキシャル薄膜の形成とその熱電特性の評価4),および同系統の材料であるMg3Bi2薄膜におけるアモルファスSiキャッピングによる大気安定性の向上5)などについて論文化している。本稿では,Si基板上へのMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長技術と,その赤外受光特性に関する最新の研究成果6)について紹介する。

図1 Si基板上赤外受光素子の概略。
図1 Si基板上赤外受光素子の概略。

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