2. Mg3Sb2の材料特性と受光素子への期待
2.1 Mg3Sb2の結晶構造とバンド構造
Mg3Sb2は,アルカリ土類金属であるMgと第15族元素であるSbから構成される化合物半導体である。その結晶構造は,六方晶系に属する三方晶(Trigonal)構造を有している。この材料を光学材料として見た際の最も大きな特長の一つは,そのユニークなバンド構造(電子のエネルギー状態)にある。理論計算によると,Mg3Sb2の伝導帯(電子が存在できる高いエネルギーの帯)の下端付近には6重に縮退した(同じエネルギー状態が複数存在する)谷(バレー)が存在することが知られている7)。これにより,状態密度(単位体積・単位エネルギーあたりに電子が存在できる席の数)が極めて大きくなる。光を吸収した際に多くの電子が伝導帯へと励起される確率が高まるため,大きな光吸収係数と高い光応答性が期待できる。
2.2 バンドギャップ制御と熱電材料としての実績
Mg3Sb2単体のバンドギャップは0.6−0.8 eVであるが,Sbサイトの一部をBi(ビスマス)で置換して混晶であるMg3Sb2–xBixを形成することで,バンドギャップをほぼ0 eVまでの範囲で連続的に制御することが可能である8)。これは,用途に応じた任意の検出波長帯域に向けて,材料設計を最適化できることを意味している。これまでMg3Sb2は,室温から中高温域における優れた熱電変換材料(熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する材料)として,世界中で盛んに研究されてきた。しかしながら,その光学特性や,光検出器などのオプトエレクトロニクス応用に関する研究は,これまでほとんど報告例がなかった。我々は,このMg3Sb2に秘められた光学材料としての高いポテンシャルを引き出すための検証を開始した。
3. Si基板上Mg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長
Siフォトニクス技術への適用を見据えた場合,Si基板上に高品質なMg3Sb2薄膜を形成する技術の確立が不可欠である。しかしながら,基板であるSiは立方晶(Cubic)構造であり,三方晶構造であるMg3Sb2とは基本的な結晶系が異なる。さらに,格子定数(原子間の距離)や熱膨張係数も互いに大きく異なるため,通常このような異種材料間でのエピタキシャル成長は非常に困難であるとされる。筆者らは,超高真空中で高純度な原料を蒸発させて基板上に原子レベルで薄膜を形成する分子線エピタキシー(MBE:Molecular Beam Epitaxy)法を用いて,Si(001)基板上へのMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長を試みた。
3.1 成長温度の最適化
Si基板の表面をフッ酸処理等により化学的に清浄化した後,MBE装置内で加熱処理を行い,清浄なSi(001)表面を露出させた。その後,MgとSbの原料を同時に蒸着し,薄膜を成長させた。この際,基板温度を室温から550℃の範囲で変化させて成長挙動を調査した。
実験の結果,基板温度が550℃の場合は,Mgの蒸気圧が極めて高いために基板表面に吸着したMgがすぐに再蒸発してしまい,薄膜が全く形成されなかった。一方,300℃以下に設定した場合は,薄膜は形成されるものの多結晶化が進行した。これらに対し,基板温度を500℃に設定した場合に,成膜中の反射高速電子線回折(RHEED)において明確なストリーク(筋状の)パターンが観測された(図2(a))。これは,原子レベルで平坦な表面を保ちながら,薄膜のc軸(六角柱の高さ方向)がSi基板表面に対して垂直に配向してエピタキシャル成長していることを示している。




