3.2 特異なドメイン構造の形成機構
最適化された500℃で成長させた薄膜について,X線回折(XRD)および高分解能の透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて詳細な構造評価を行った(図2)。XRDの極点図(結晶の特定の面がどの方向を向いているかを調べる測定)による解析から,薄膜がc面配向していることが確認されたことに加え,面内の回転方向に関して12回対称(30度ごとの回折スポット)が観測された。Mg3Sb2の単結晶構造は本来3回対称(120度回転で重なる)であるため,この12回対称性は非常に特異である。TEMによる制限視野電子線回折(SAED)の観察結果と併せて考察すると,この現象は,4回対称性(90度回転で重なる)を持つSi(001)基板上に,3回対称性を持つMg3Sb2薄膜が成長する際に生じる「対称性の不整合」に起因していることが明らかとなった。具体的には,界面において,互いに90度ずつ面内方向に回転した4種類の3回対称ドメイン(結晶の向きが揃った微小な領域)が形成される。これら4種類のドメインが重なり合って成長することで,巨視的なX線回折では12回対称として観測される。このような特異なドメイン構造が形成されることにより,SiとMg3Sb2の間の大きな格子不整合や熱応力が効果的に緩和され,結果としてSi基板上へのエピタキシャル成長が実現したものと考えられる。
4. Mg3Sb2/Siヘテロ接合ダイオードの電気・光学特性
4.1 ダイオードの作製と電流・電圧(I-V)特性
n型のSi(001)基板の上に成長させたp型のMg3Sb2薄膜を用いて,光検出器となるp-nヘテロ接合ダイオードを作製した。Mg3Sb2薄膜の表面には,インジウム(In)もしくはニッケル(Ni)と金(Au)からなる電極を,Si基板の裏面にはアルミニウム(Al)電極を形成した。このダイオードに対して暗状態(光を遮断した状態)で電圧を印加し,電流を測定(I-V特性)した。その結果,順バイアス方向(p型側にプラスの電圧)には電流が急激に立ち上がり,逆バイアス方向には電流が抑えられるという,明確な整流特性が観測された。これにより,Mg3Sb2とSiの界面において良好なp-n接合が形成されていることが実証された。
4.2 赤外光に対する光応答と分光感度特性
作製したダイオードに対して,光通信波長帯やアイセーフ波長帯に含まれる波長1450 nmの赤外発光ダイオード(LED)光をパルス状に照射した。その結果,外部から電圧を印加しないゼロバイアス状態(0 V)において,LED光のON/OFFに同期した明瞭な光電流の発生が観測された(図3)。外部電圧を必要とせずに電流が生じる現象は「光起電力効果」と呼ばれるものであり,太陽電池と同じ原理である。この結果は,冷却機構や外部電源を必要としない,室温動作かつ極低消費電力の赤外センサーとしての応用が可能であることを示している。さらに,分光感度(波長ごとの感度)を測定した結果,Si基板では吸収できない1200 nmから1600 nm付近までの広帯域にわたって,Mg3Sb2薄膜での光吸収に起因する光電流の発生が確認され,光検出器としての基本的な要件を満たすことが実証された。




