5. 今後の課題と性能向上の展望
以上の成果により,Si基板上へのMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長と赤外光応答を世界で初めて実証したが,実用レベルのセンサーとして完成させるためにはいくつかの課題が残されている。現在作製されたデバイスにおける波長1550 nmでの受光感度は約3.0×10–7 A/Wにとどまっており,すでに実用化されているInGaAsベースのセンサー(約1 A/W程度)と比較すると大幅な改善が必要である。この感度低下の主な原因は,逆バイアス時に流れる暗電流(漏れ電流)が比較的大きいことや,光によって生成したキャリア(電子や正孔)が電極に到達して電流として取り出される前に再結合して消滅してしまうことにあると考えられる。測定されたI-V特性を,シングルダイオードモデルを用いて解析したところ,理想係数(n値)が2以上となり,再結合電流の寄与が大きいことが判明した(図4)。また,並列抵抗(Rsh)の成分が支配的であることから,Mg3Sb2とSiの界面に存在する欠陥や,Mg3Sb2薄膜を構成する特異なドメインの境界(粒界)が再結合中心として働き,大きな漏れ電流の経路となっていることが示唆された(図4)。今後は,基板と薄膜の間に適切な材料のバッファ層(緩衝層)を挿入することで格子不整合を和らげ,欠陥や粒界の発生を抑制して結晶性をさらに高めることが急務である。同時に,単純なp-n接合から,真性半導体層を間に挟んだPIN構造へとデバイス構造を最適化し,空乏層(光を吸収してキャリアを分離する領域)の幅を意図的に制御することでキャリアの収集効率を大幅に高める工夫が求められる。さらに,第一原理計算による予測では,Mg3Sb2結晶に対して人工的に引張歪みを印加することで,赤外波長帯域における光吸収係数が劇的に増大する可能性が示されている。このような「ひずみエンジニアリング」の手法をエピタキシャル成長技術と組み合わせることで,受光感度の飛躍的な向上が期待できる。

6. おわりに
本稿では,環境調和型のZintl相化合物Mg3Sb2を用いた新規な赤外受光素子の開発に関する最新の取り組みを紹介した。Si(001)基板上においてc面配向したMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長に成功し,作製したヘテロ接合ダイオードにおいて,室温環境下での通信波長・アイセーフ波長帯(1450 nm)における明確な赤外光応答を世界で初めて実証した。本研究の成果は,有害元素を含み製造コストが高い従来の化合物を代替し得る,持続可能な赤外センシング技術への新たなアプローチを提示するものである。今後は,薄膜の結晶性のさらなる向上やデバイス構造の最適化を進めるとともに,Bi元素の添加による検出波長の長波長化にも積極的に取り組んでいく。本技術がシリコンフォトニクスと融合することで,低コストで広帯域な次世代の高性能赤外イメージングセンサーの実現に大きく貢献できるものと確信している。
参考文献
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■Epitaxial growth of Mg3Sb2 thin films for the development of infrared photodetectors materials
■Shunya Sakane
■Graduate School of Science and Engineering, Ibaraki University



