光格子時計を支える3つの構成

─製品化した光格子時計はどんな構成ですか?
大きく分けて,3 つの主要な構成から成り立っています。1つ目は,7種類のレーザーが組み込まれたユニットです。このユニットには,それぞれのレーザーを駆動するドライバが内蔵されています。2 つ目は光格子を形成する真空チャンバーで,中にはストロンチウム原子や,レーザーとセットで使うコイルが組み込まれています。3つ目は基準共振器です。これはレーザーの線幅を極限まで狭めるための外部共振器で,時計の精度に直結する非常に重要な要素です。安定性を高めるため,超低膨張ガラスを用いるなど,さまざまな工夫が凝らされています。
この基準共振器に半導体レーザーを安定的にロックさせる技術が鍵となります。ここではPDH(Pound Drever Hall)法が用いられており,これによりミリヘルツ程度まで線幅を狭めることが可能になります。光格子時計は,本質的には超安定化レーザーとも言えます。この共振器でロックされたレーザーでストロンチウム原子集団を励起し,励起確率が最大になるよう,レーザーの周波数にフィードバックをかけることで,きわめて周波数が安定なレーザーが出力される装置構成となっています。
─光格子時計と競合するような候補技術はありますか?
単一イオン時計はいまも複数の研究機関で開発が続けられており、その性能は着実に向上しています。研究室レベルでは、測定時間をかけさえすれば、単一イオン時計は18桁の安定度を達成しているようです。また、近年では原子核時計と呼ばれる原子核自体が持つ遷移線を利用する時計もありますが、真空紫外レーザーが必要であるなど、まだ課題は多いようです。構成部品であるレーザーでは、フォトニック結晶面発光レーザー(PCSEL)に期待しています。小型でモードホップフリーの狭線幅レーザーが実現できるので、今後の光格子時計の小型化に役立つのではないかと思っています。
─製品の仕様について,教えてください
やはり光格子時計としては18 桁の精度が求められます。通信やGNSS(全地球航法衛星システム)の分野でもそこまで精度が上がればいろんなゲームチェンジが起こるのではないかと思います。装置のサイズは19 インチラックに収まる設計で,外寸は幅1140 mm,高さ1093mm,奥行き650 mm,重量は200 kg 以下です。内部はモジュール式で構成されており,万一故障した場合も該当モジュールだけを引き抜き,新しいものを差し込むだけで修理が可能です。さらに,大きな特徴として,この装置は自動運転機能を備えています。これまでの光格子時計は,人が常に付き添い,レーザーの調整やチューニングを行なうことが通常でしたが,このシステムでは複雑なレーザー調整を自動で行なえるため,運用負担を大幅に軽減できます。
─市場性と今後について教えてください
市場展開のシナリオとしては,まずは世界標準時の(UTC)生成に貢献していくことが第一歩です。現在,UTCはセシウム原子時計によって決定されており,日本ではNICTが保有する15 台のセシウム原子時計の平均値から算出されています。NICTも光格子時計を独自開発しリファレンスとして活用していますが,あくまで現状は原子時計が主体です。
セシウム原子時計は,世界でUTCに貢献しているだけでも400 台規模で運用されており,この分野は大きなターゲットとなります。また,GNSSではたとえば戦争地域で使えなくなる事例が実際に発生するなど,その脆弱性が指摘されています。ジャミングや妨害電波による制限,あるいは意図的に精度を落とされるケースや,大規模な太陽嵐などで衛星からの電波が途切れる可能性もあります。その場合,日本の時刻はGPS信号を基に動いているため,セシウム原子時計ではおよそ10 時間しか同期精度を保てず,それを超えると通信システム全体に支障が出ます。このような状況を回避するためにも,高安定な時計の導入が必要です。特に6G時代には,通信周波数がテラヘルツ帯へ移行し,従来のような緩い時間管理では対応できなくなります。
さらに,GPSによる位置情報の精度も時間精度に依存しており,自動運転などの分野では高精度化が必須です。GPSが途切れた際にもシステムを冗長的に動かせる技術が求められます。将来的には,光格子時計を重力ポテンシャルのセンサーとして活用する可能性もあります。相対性理論に基づく重力ポテンシャルによる時間の遅れを計測できるため,実証実験としてスカイツリーの上層と下層での時間差を計測し,一日あたり約4 ナノ秒の差が確認されました。これを逆に利用してプレート運動や火山活動による地下の現象の監視に使えるのではないかと期待しています。こうした応用は,まだ存在しない相対論的センシングという新市場の開拓にもつながると期待されています。



