著者:東京大学 道村唯太
1. 宇宙人に左右は伝わるか?
この広い宇宙のどこかに知的な存在がいて,私たちと通信ができるとしたら,彼らと「右」や「左」という概念を共有することはできるだろうか。彼らには言葉は通じるが,画像を送ることはできないものとしよう。画像を送ったり対面で会ったりすることができれば,右手を挙げて「こっちが右だよ」と教えることもできるが,声だけのやり取りではそれができない。心臓の位置や利き手,アミノ酸の形など左右を区別するものはいろいろあり,これらを元にした定義は地球人には伝わるが,宇宙人にとってはそうとは限らず,普遍的な定義は難しいことがわかる。試しに辞書で「右」の意味を調べてみても,「南を向いた時,西にあたる方」などといった,宇宙人には通じない定義ばかりである。これは,宇宙が本質的に右と左を区別しないからである。これを左右対称性,あるいはパリティ対称性と呼ぶ。

しかし,この対称性が常に成り立つわけではないことが,ミクロな世界では知られている。1956年,コバルト60のベータ崩壊を用いた実験により,パリティ対称性が破れていることが明らかになった。コバルト60を磁場で一定の向きに揃えてベータ崩壊を観測したところ,ベータ線は特定の方向に偏って放出されることがわかったのである。この結果は,自然界が鏡に映した世界と同じようには振る舞わないことを示しており,この実験を手がかりにすれば,宇宙人とも左右を共有することができるのである(図1)。宇宙のどこで実験をしても,同じ条件なら結果も同じになる,というのが物理学の基本的な前提である。もちろん,宇宙人はコバルト60を別の名前で呼んでいるだろうが,「最も軽い原子の原子核を陽子と呼ぶ」などと基本的な定義を積み重ねていけば,コバルト60や実験手順も言葉だけで説明ができる。
この話の元ネタは,マーティン・ガードナー著『自然界における左と右』から来ている1)。左利きの私は高校生の頃この本を読み,物理法則も左右を区別するのかと衝撃を受けた。それでも,私たちが普段目にするようなマクロな世界では,宇宙は依然として左右を区別しない……はずだった。近年,宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測から,宇宙の長い歴史の中で光の偏光がわずかに回転している可能性が指摘されているのである2)。もしこの「宇宙複屈折」が本当に存在するなら,偏光は右か左かに回転するので,宇宙全体が左右を区別するような性質を持つ場で満たされているのかもしれない。その候補の一つとして,アクシオンと呼ばれる未発見の粒子が考えられている。
私は,重力波観測に使われるレーザー干渉計技術を利用して,こうしたアクシオンを探索する研究を進めている。本稿では,その研究の背景と私たちの最近の取り組みを紹介する。



