
情報通信研究機構(NICT)が主催する「NICTオープンハウス2025」が,6月20日から21日の2日間にわたり,東京都小金井市のNICT本部にて開催された。1日目がビジネス向け,2日目が学生・一般向けに開催され,取材班はビジネス向けに参加した。
冒頭の挨拶に立った徳田英幸理事長は,今回のイベントについて,「AI,Beyond 5G,量子技術など,未来社会を支える最先端の研究成果を,展示やデモンストレーションを通じて広く紹介している」と述べた。会場では,生成AIに関する特別講演をはじめ,多彩な企画が展開され,来場者の関心を集めていた。
センシング技術
リモートセンシングとは,光や電波を利用して対象物の状態を遠隔から観測できる技術。離れた場所からでも,対象の形状や性質を計測できることが特長となっている。
この技術の研究開発を進めているのが,NICTの「リモートセンシング研究室」。ここでは,地上・上空・宇宙など様々な場所から,雨・雪・風・水蒸気・地表面の状態などを,電波から光までの幅広い電磁波を用いて観測する取り組みが行なわれている。
今回,取材班が注目したのは,マルチパラメータ差分吸収ライダー「MP-DIAL」。このライダーは,NICTが独自に開発したもので,現在沖縄の観測所にて実験をしているという。
レーザー光を使って大気中の風,水蒸気,CO2を計測することができる装置になっている。MP-DIALの光送信機には,NICTが開発した水蒸気の観測に適した波長2μm帯の赤外線レーザーが採用されており,目への安全性も高い。
この装置は,異なる2つの波長のパルスレーザー光(送信光)を大気中に照射し,空気中の微粒子により散乱されたレーザー光(散乱光)の戻り時間から距離を測定する。さらに,送信光と散乱光のドップラー効果による周波数のずれを利用して風速を計測し,2つの波長の散乱光の強度差から水蒸気量を導き出す。
近年,竜巻や豪雨など突発的な気象災害が大きな課題となっているが,この装置により大気現象の予測精度が向上することが期待されている。NICTでは,今後もセンシング技術の高度化に取り組んでいくという。
ホログラフィック光学素子
ホログラフィック光学素子(HOE)とは,光の干渉と回折の原理を活用して作られた光学部品。特定の波長や角度で光を制御することができ,薄く軽量でありながら複雑な光の操作が可能だ。光通信,センサー,ARデバイスなど多様な応用が期待されている。
NICTの「デジタル光学基板研究室」では,Beyond 5G時代の光通信や次世代ディスプレーに向けたHOEの製造技術とその高度化の研究が進められている。
今回展示されたのは,次世代型HOEである「AI設計HOE」だ。これは,AIによってHOEの機能設計が可能となるもので,AIに指示を与えることで,散乱体越しに被写体を可視化することもできる。
通常,カメラで拡散板越しに撮影すると,その向こう側を見ることはできない。しかし,AIによって設計されたHOEを介することで,拡散体(霧など)の奥にある被写体を認識できる。これは,霧中での自動運転,皮膚などの生体観察,海中での利用などに応用が期待されている。
また,「自然光デジタルホログラフィ」という技術の研究も進められている。これは太陽光などの自然光やLEDを用いて,物体の立体情報を記録・再生する技術である。自己生成された2光波によって干渉縞を生じさせ,自然光や蛍光光源のもとでもホログラムを取得し動画記録することが可能になる。
現在,自然光ホログラフィカメラの試作も進められており,将来的には顕微鏡や波面センサーなどの画像計測システムへの応用が期待されている。
光格子時計と単一イオン時計
NICTでは,レーザーの高い周波数を利用した高精度原子時計である光格子時計と単一イオン時計を開発している。
現在,日本の標準時は原子時計を使った仕組みで定義されている。これは,特定の原子が放つ電磁波の振動を利用して1秒を決める方法。例えば,1秒間に約92億回も振動するセシウム原子の性質を利用することで,非常に安定した時間を作り出している。
光格子時計は,原子時計よりもさらに正確な1秒を求めるために,今注目されている新しいタイプの時計。光は原子よりも1万倍以上も高い周波数で振動しており,その微細な振動をものさしとして使えば,より精密な時間測定が可能になる。
NICTの光格子時計はストロンチウム原子を採用し,レーザーの定在波(光格子)に多数の中性原子を捕獲する。2022年には,間欠運転をするこの光格子時計を参照して国家 (日本)標準時を生成することに世界で初めて成功した。
光格子時計が発生する1秒を基準として日本標準時が刻む1秒の長さを調整することで,日本標準時の協定世界時(UTC)に対する時刻差を従来の10億分の20秒から10億分の5秒以内へと4分の1以下に制御可能となった。
そのため光格子時計は,日本標準時の発生に活用されるだけでなく,時間の進み方の変化で僅かな高度差を検知できることを活かし,リアルタイムでの高精度標高計測への寄与も期待されている。

一方, 単一イオン光時計はイオンの時計遷移を周波数基準として精密光周波数を生成する。NICTではインジウムイオンを採用し,電場で荷電粒子(イオン)を捕獲する。ただし1個だけのイオンの信号は微弱なため,正確な周波数を決定するまでの時間が長いという問題点があった。
そこで単一イオン時計は今後,2030年に国際的に検討されている秒の再定義実現への貢献に向け,高安定化が可能で周波数計測時間短縮を可能にする,複数個イオン時計を実現するとともに,親和性の高い量子ネットワークにおけるノードとして実用化を目指すという。







