【探訪記】NHKが描く放送メディアの未来とは-カメラ,ディスプレー技術の進化を追う

NHK放送技術研究所所長
神田 菊文氏

展示会の様子

凹面湾曲シリコンカラーイメージセンサーが搭載されたカメラ
従来のものと比較した
出力映像
昨年度との
撮像素子の比較
赤色の部分が多眼撮影方式のTFTイメージセンサー
ディフォーマブルディスプレー
金属粒子の凝集や空隙がなくなめらかになっている
光フェーズドアレーの
試作デバイス
光フェーズドアレーの
2次元偏向の説明
シーン適応カメラでの
撮影の様子
撮影映像とシーン情報
4Kエリア制御イメージセンサー

NHK放送技術研究所(NHK技研)は,2025年5月29日から4日間,世田谷区のNHK放送技術研究所内にて「技研公開2025」を開催した。これに先立つ5月27日にはメディア向けのプレス見学会が行なわれ,編集部も取材に訪れた。

技研公開は,放送技術分野における基礎から応用まで,幅広い研究開発の成果を紹介する場として毎年開催されている。開催の挨拶では,NHK技研の所長である神田菊文氏が,2024年にアップデートされた「Future Vision 2030-2040(2024年度版)」について言及した。これは,NHK技研が考える2030~2040年に向けた放送メディアの未来ビジョンのこと。

研究開発の重点領域として,コンテンツの没入感を追求する「イマーシブメディア」,誰もが利用できるインクルーシブなメディアを目指す「ユニバーサルサービス」,そして創造的かつ高品質なコンテンツ制作を可能にする「フロンティアサイエンス」の3分野が紹介され,放送メディアのさらなる発展に向けた取り組みが語られた。

技研公開2025のテーマは「広がる つながる 夢中にさせる」。それに合わせ,上記の重点領域にまたがる18項目の展示が行なわれた。毎年取材に訪れるたびに,カメラやディスプレーなどフォトニクス技術の進化を実感するが,今年もその進展を肌で感じることができた。

■高画質な広視野撮影を目指す凹面湾曲シリコンカラーイメージセンサー

風景や建物など広範囲のものを撮影する広視野撮影において,NHK技研は小型で高画質な撮影機材を目指し研究を進めている。

「凹面湾曲シリコンカラーイメージセンサー」は,収差補正方式イメージセンサーが使用されている。シリコンイメージセンサーを0.01mmまで薄くし自由に曲げることで,結像面に合わせてセンサーを球体に変形させることが可能となる。それにより,収差を抑え,映像のぼやけを解消できる。

昨年の展示では白黒映像の湾曲シリコンイメージセンサーが紹介されていたが,今年はセンサーのカラー化が実現。また,撮像素子を円筒状から結像面に合わせて凹面湾曲上にすることで,レンズ収差による映像のぼやけを大幅に改善することに成功した。

■パノラマ撮影に有効な多眼撮影方式イメージセンサー

今回初めての公開となる「多眼撮影方式イメージセンサー」も展示されていた。

凸面上に湾曲させたTFTイメージセンサーの上に設けた複数のレンズアレーで撮影を行なう。撮影された画像の歪みのない箇所を切り出し結合させることで,従来よりも簡易な方法でパノラマ画像が得られるという仕組みになっている。今後は360度撮影や高画質化に向けて研究を進めていくという。

2つのイメージセンサーはともに2030年頃までの実用化を目指し,広視野を撮影できる技術の確立を進めるとしている。

■自由度の高い曲面を実現するディフォーマブルディスプレー

ウェアラブルや折りたたみ式,立体球面形状など,自由度の高い形状・形態で使用可能な「ディフォーマブルディスプレー」の開発が進められている。

昨年との違いは,ディスプレーの多画素化が実現した点。昨年は20×20画素だったのに比べ,今年は32×32,64×32画素の2種類が展示されていた。2種類ともに画素ピッチは4mm,LEDサイズは2mmのミニLEDを用いたものとなっている。

液体金属に金属粒子を混ぜ粘度を調整し,金属微粒子を微細化することで粒子の凝集や空隙の発生を抑制する液体金属を開発した。それにより,液体金属配線の印刷形成の均一化,そして細線化が実現した。

NHK技研はディスプレーのさらなる高精細化・高画質化を進め,2030年までの実用化を目指すとしている。

■より自然な三次元映像のARグラスを目指した光フェーズドアレー

より自然な三次元映像を視聴できるARグラスの実現を目指し,開発が進められている「光フェーズドアレー」の展示がされていた。光フェーズドアレーとは,光を細かく分割し,それぞれの導波路に異なる電圧を加えることで位相を制御し,進む方向を変える技術。

NHK技研は,導波路に電気光学ポリマーを使用している。それに電圧をかけることで光の屈折率や速度が変化し,各チャンネルで光の進み方が微妙に変化することで,光の向きが変わるという仕組みだ。

現在,さまざまなデバイスで光フェーズドアレーの実装が試みられているが,電気光学ポリマーを用いて「2次元的に光を制御する」技術は世界的にも先進的な取り組みだという。2030年までにフルカラーの三次元表示を実現し,最終的にはARグラスとしての実用化を目指すとしている。

■画面内の領域ごとに画質調整が可能なシーン適応型カメラ

「シーン適応型カメラ」は,エリア制御イメージセンサーが内蔵されており,制御エリアごとに異なる撮影モードを設定できるカメラとなっている。被写体の明るさや動きに応じて,1つの画面で局所的なモード切替が可能となるため,全体的に高画質な撮影ができる。

2023年には試作チップとして作成した1Kセンサーが展示されていたが,今回は4K対応に進化を遂げていた。4×4画素の小ブロックごとにモード切替ができ,より高解像度かつダイナミックレンジが向上したカメラとなった。

また,被写体の特徴解析とシステムのフィードバック制御をリアルタイムに処理する撮影制御技術も搭載されている。このイメージセンサーを実装したカメラの画素数は3,904×2,224画素,フレームレートは最大240fps,サイズ・重量は260cm×340cm×370cmで12kgとなっている。

2028年頃までに広視野撮影に対応した高品質かつ高解像度のカメラの実現,そして360度カメラとしての実用化に向け研究を進めていくとしている。

技研公開2025では,フォトニクス技術による放送メディアの未来を間近で体感することができた。来年の技研公開2026では,これらの製品や技術がどのように進化を遂げているのか,そして新たにどんな技術と出会えるのか,今から楽しみである。【取材・写真】望月あゆ子,三島滋弘

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