NTT,情報と人間にかかわる最新技術について紹介

著者: 望月 あゆ子

日本電信電話(NTT)のコミュニケーション科学基礎研究所は,最新のR&D関連の取り組みを紹介する技術イベントを5月21日~5月22日かけ,大阪にあるNTT西日本の本社ビルで開催する。これに先立つ5月13日,イベントのプレス向け公開を大手町にて実施した(オープンハウスHP)。

光NNの新たな訓練法で超低消費電力化へ

ニューラルネットワーク(NN)とは,人間の脳内の神経回路を参考に構築された,「考える」「判断する」といった知的処理を模倣する計算モデルとして知られている。一般には電子回路を用い,電気信号によって処理が行なわれており,画像認識,音声認識,自然言語処理,自動運転など,現代のAI応用に不可欠な基盤技術となっている。

光ニューラルネットワーク(光NN)は,電気ではなく「光の強さ・干渉・位相」を用いて計算を行なう仕組みで,電気回路ではなく光回路によって演算を行なうため,動作の高速化と消費電力の削減が可能となる。同社が研究している光NNは,マッハ・ツェンダー干渉計(MZI)を用い,光の干渉によって演算を実行する。

光NNには大きな可能性がある一方で,課題も存在していた。ハードウェアに直接実装されるため,内部の詳細な状態がわからず,通常のNNにおいて,効率的な訓練に用いられる誤差逆伝播法は使用できない。さらに,入力から出力への経路において複数のパラメータが寄与し,相互に絡み合っているため,通常は標準正規分布から生成する摂動に影響を与えていた。

そこで同社は,こうした課題の解決を目的として,ハードウェアの外部から入出力の関係を観測して学習を行う「ゼロ次最適化」を導入している。これにより,内部情報を直接取得できなくても,パラメータに微小な摂動を与え,その結果としてネットワークが改善されたかを確認しながら学習を進められる。また,この手法では,絡み合ったパラメータ構造をほどくように設計された分布から摂動を生成することで,より効率的な訓練が実現できるという。

生成AIを代表とする人工知能の急速な進歩とコモディティ化に伴い,世界的な規模で膨大な電力が消費されている。同社では光NNの実現により,より少ない消費電力で,あらゆる場面において人工知能が活用できる,カーボンニュートラルな未来の実現を目指すとしている。

光と物質の相互作用を結ぶ数理を解明

NTT基礎数学研究センターは2021年10月に設立され,基礎数学の視点から光と物質の相互作用モデル(量子ラビモデル)の研究を進めてきた。今回,これまで純粋に数学的な興味から研究されてきた数理モデルと,光と物質が相互作用する仕組みを記述する物理モデルとの関係を明らかにした。

量子ラビモデル(QRM)は,光と物質の相互作用を記述する量子光学の基本モデルであり,特に超伝導を用いた量子コンピュータの基本素子のモデル。一方,非可換調和振動子(NCHO)は,純粋に数学的な興味から導入された数理モデルとなっている。

量子ラビモデルと非可換調和振動子は,当初別々の目的で導入されたが,これらのつながりが先行研究で見出された。すなわち,非可換調和振動子のある極限をとることによって,(1光子)量子ラビモデルが得られることが分かった。

しかしこの研究では,非可換調和振動子のパラメータと(1光子)量子ラビモデルのパラメータが極限をとる前後でどのように対応するかが明示的には与えられておらず,まだ具体的な現象の予測へ応用するのに十分な理論とはなっていなかった。

また,非可換調和振動子そのものが何らかの物理モデルに対応するかどうかは,研究者によって物理とのさまざまな類似性が指摘されてきたが,核心的な対応関係は未解明だった。

今回,研究グループは,①数理モデルである非可換調和振動子が,物理モデルである2光子量子ラビモデルと固有値問題として同値であることを発見した。②2光子量子ラビモデルの極限をとることで,1光子量子ラビモデルが得られることを,明快な形で記述した。

①の2光子量子ラビモデル(2QRM)は,物質が同時に2個の光子と相互作用する様子を記述する物理モデル。上記の発見により,従来未解明であった,非可換調和振動子に対応する物理モデルは2光子量子ラビモデルであることを初めて明らかにした。

②は,先行研究で見出された非可換調和振動子と1光子量子ラビモデルの関係を精緻化したものとなっている。2光子量子ラビモデルと1光子量子ラビモデルの間の関係ととらえなおすことで,極限の前後でのパラメータの対応を明確化した。

研究グループは,この発見を通じて,これまで行なわれてきたそれぞれの研究を連携させることによって,(1光子及び2光子)量子ラビモデルの数論的な性質など,さらなる新しい発見へとつなげられると期待でき,将来的に超伝導を用いた量子コンピュータの素子の実用化などに貢献できる可能性が広がるとしている。

「ステルス光」で集中力向上と疲労軽減に成功

視覚的な違和感を与えることなくユーザーの心理状態に影響を与える「ステルス光」の活用により,パフォーマンス向上の効果を得ることに成功した。

同社ではこれまでも,様々な目のデータから個人の心理状態を読み取る「マインドリーディング」と呼ばれる研究を進めてきた。これはアイメトリクス(目の特徴量の解析)を用いて,心を読み取り,ユーザーの状態に合わせた最適な介入技術の確立を目指すもの。しかし,読み取った情報を有効に活用は十分ではなかった。

今回の研究では,錐体細胞・杆体細胞に次ぐ「第三の光受容体」として知られている光受容細胞「ipRGC(intrinsically photosensitive retinal ganglion cells)」を活性化させる光を利用し,ユーザーの視覚的な変化なしに知覚・認知へ介入する技術の探求を目指した。

このipRGCの特性を活かすことで,ユーザーに気付かせることなく波長を制御し,脳や身体の状態に働きかける光「ステルス光」の設計が可能となる。同社は,このステルス光を用いた認知課題を行ない,その効果を科学的に検証した。

検証では,課題参加者に対し,ipRGCを活性化させる光とそうでない光をそれぞれ照射した状態で,Nバックタスク(N個前と同じ文字が出たらボタンを押すタスク課題)を行なった。また,作業前後において主観的な眠気や疲労感のレベルを10段階で評価するアンケートも実施した。

その結果,ipRGCを活性化させるステルス光を照射した時の方が,そうでない場合と比べて瞳孔が縮小していることからipRGCが活性していることを確認。活性化により課題正答率が向上し,眠気や疲労感が減少したことが分かった。

今回の成果を応用すると,ユーザーの望ましい心理状態に無意識に近づけることができるという。ステルス光を,ユーザーの状態に合わせて変えることで,自律神経を整えたり,仕事を効率的に行なえるなど,それぞれの人に最適な照明環境の提供を目指すとしている。

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