眼に装着する究極のディスプレー─ホログラムが可能にする未来とは

─厚さ5 mmというとかなり厚いですね
印刷によるコンタクトレンズ用キャパシター(J. Park, et al. Sci. Adv. 5, 0764 (2019).)
印刷によるコンタクトレンズ用キャパシター(J. Park, et al. Sci. Adv. 5, 0764 (2019).)

コンタクトレンズというよりは義眼に近いような気がしますが,こうした開発によってスマートコンタクトレンズが注目されています。スイスのTriggerfishが開発しているのが,眼圧値をモニターする「SENSIMED」という医療用コンタクトレンズで,ゲージセンサとFPGA,アンテナからなります。こちらはソフトコンタクトレンズとして実現されています。眼圧値をモニターすることで緑内障になる可能性がわかるということで,FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可も得ています。この会社をシードが買収して国内でも製品化されていますが,まだ保険適用ではないので1個5~6万円するという話です。

使い方としては,首に付けたアンテナから無線給電をして,測定結果も無線で受け取ります。バッテリーを積んでおらず常時給電が必要ですが,現在,スマートコンタクトレンズを構成するバッテリーやキャパシターは,フレキシブルなものやプリントでできるようなもの,涙液のイオンを使って発電するものも研究されています。通信も印刷できるアンテナの技術の開発など,コンタクトレンズ用のデバイスはそれなりに研究開発が進んでいます。

それでもディスプレーがなかなか実現しない理由には,コンタクトレンズにディスプレーを入れること自体の難しさに加えて,映像が近すぎてピントが合わないという像形成の問題があります。この問題に対してどういうような提案がされているかというと,最初のワシントン大学は,LEDアレーのLED一つ一つにマイクロフレネルレンズを付けて網膜上に集光する方法を提案しています。網膜投影に近い原理ですが,実際には像形成には至らなかったようです。最近ではメタサーフェスレンズも提案されていて,2019年にジョージア工科大学は,ディスプレーに表示したFの文字をメタサーフェスで像形成し,背景に重ねて投映するAR表示に成功しています。

(左)ディスプレーをコンタクトレンズに入れても近すぎてピントが合わない(中)ワシントン大学の各LED素子にマイクロフレネルレンズを付けるアイデア(A. R. Lingley, et al., J. Micromech. Microeng. 21, 12 (2011).)(右)ジョージア大学のメタサーフェースを使ったAR表示(S. Lan, et al., ACS Photonics, 6, 864(2019).)
(左)ディスプレーをコンタクトレンズに入れても近すぎてピントが合わない(中)ワシントン大学の各LED素子にマイクロフレネルレンズを付けるアイデア(A. R. Lingley, et al., J. Micromech. Microeng. 21, 12 (2011).)(右)ジョージア大学のメタサーフェースを使ったAR表示(S. Lan, et al., ACS Photonics, 6, 864(2019).)
─「Mojo vision」はどういう仕組みなのでしょうか

Mojoがどうやって網膜に像を形成するのかずっと不思議だったのですが,Mojoとは別の会社名で特許を出しているのが見つかりました。小さなディスプレーとレンズを入れて,2 mm四方程度のビデオプロジェクターを作るというアイデアです。ディスプレーの大きさが0.5 mmなので,小さいレンズを使えばできないことはありませんが,アプローチとしてはコンベンショナルな技術の印象を受けます。

結局,マイクロ光学素子のような従来の方法は目の調節によって像形成が影響を受けますし,光学素子自体の大きさもあって高解像度化も難しい。またLEDは不透明なので,高解像度化して数を増やすと透過率が下がったり,消費電力が増えたりする問題もあります。そこで我々は,長年研究してきたホログラム技術を使ったホログラムコンタクトレンズを提案しています。

─具体的な特長と構造を教えてください
(左)ホログラムにより眼は立体像に自然にピント合わせができる (右)ホログラムコンタクトレンズの構造と各部品の厚さ(J. Sano and Y. Takaki, “Holographic contact lens display that provides focusable images for eyes,” Opt. Express 29, 10568 (2021).)
(左)ホログラムにより眼は立体像に自然にピント合わせができる (右)ホログラムコンタクトレンズの構造と各部品の厚さ(J. Sano and Y. Takaki, “Holographic contact lens display that provides focusable images for eyes,” Opt. Express 29, 10568 (2021).)

コンタクトレンズ内のディスプレーにはホログラムパターンを表示して,ホログラムの立体表示能力を用いて画像を目から離れた位置に立体表示することで,画像への目のピント合わせを可能にします。網膜投影方式の場合,どこにピント合わせても見えるので,実物の像と同じ距離に表示ができません。一方,ホログラムは立体表示技術ですので,実物と同じ距離に画像を出せます。位相型ホログラムは光の吸収がないので光の利用効率が高く,振幅変調しないので透明で,シースルー表示も可能です。また,液晶デバイスは低消費電力かつ高解像度で,角膜全体を覆うことができれば,最も低消費電力で最も大画面なディスプレーが実現できる可能性があります。

具体的な構造は,一番眼球側に位相変調型の空間光変調器(SLM)があり,その外にレーザーバックライトがあります。バックライトは導波路中を水平方向に直線偏光したレーザー光が全反射して伝搬し,ホログラム光学素子(HOE)でSLM側に出射されます。実験ではHOEを使っていますが,HOEである必要はなく,ビームコンバイナーで全反射する光を一部,SLMの方に向かわせる構造を作るということです。レーザー光はファイバーから入れていますが,実際は導波路に直付したほうがいいでしょう。

位相変調型のSLMは,ある特定方向の直線偏光に対してだけ位相変調して直交方向の光は位相変調しないので,直交方向の外界の光を通すように偏光子を作ればシースルーとホログラムの表示が実現できます。しかし,これを論文にするにあたって一番言われたのは,この構造が本当にコンタクトレンズの中に入るのかということです。コンタクトレンズにはハードとソフトがありますが,ハードは瞬きするたびに眼から外れ,涙液が入ることによって眼に酸素を供給するので,瞬きのたびに映像が見えなくなります。そこで眼にぴったり付くソフトを使う必要がありますが,ソフトの場合は角膜の正面の部分が0.15~0.25 mmと非常に薄くなっています。ここを妥協せず,この厚さに何とか入れたいと検討しています。

位相変調型のSLMは,液晶層の厚さが約3~5μm,透明電極とバックプレーンも数μmです。レーザーバックライトは,スマートグラスで映像をレンズ内部で全反射させるタイプが1 mmくらいの厚さですので,映像の投影面積を考えると0.1 mmくらいでできると思います。HOEやビームコンバイナーも数μmです。偏光子は方式によらず数μmで,全部足してもコンタクトレンズの中に入ると思います。半導体レーザーのチップは0.1 mm角くらいですが,これとバッテリーは厚さが0.5 mmくらいあるコンタクトレンズの周辺部に配置するので問題無いはずです。

─スマートコンタクトレンズならではの問題はありますか?

HMDやスマートグラスよりもホログラムコンタクトレンズは小型化と薄型化に有利ですが,SLMを通して外界を見ると,SLMが有する画素構造の周期構造に由来する光の回折によって多重像が見える可能性があります。それに対して開口率,画素ピッチに対する画素のサイズを大きくすれば高次回折光は小さくなり,逆に小さくすれば回折角が大きくなります。シミュレーションの結果,画素ピッチが1,3,5μmのとき,開口率0.8で見えていた多重像のようなものが0.9ではほとんど見えなくなりました。画素ピッチを小さくしても回折像はわかりにくくなりますが,開口率を上げたほうがより有効に問題を解決できると思います。また,位相型ホログラムはで像形成するためには,位相分布の求め方,つまりホログラムの計算法が問題になります。いくつか方法があって,我々はGerchberg-Saxtonアルゴリズムを使っていますが,いずれはもっと速く計算できるディープニューラルネットワークを使いたいと思っています。

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