沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、レーザー光によってダイヤモンド内部の電子スピンを制御し、そのスピンが生み出す力だけで、センチメートル級の物体を動かすことに成功した(ニュースリリース)。量子スピンに由来する力によって、これほど大きな物体の運動を実証したのは初めてだという。量子力学と古典物理学の境界を探る新たな実験手法として期待されている。

量子力学の研究は、主に原子や電子などの微小な世界を対象として発展してきた。一方、目に見える大きさの物体で量子現象を観測することは、熱や振動などの外部環境の影響を受けやすいため、難しいとされている。特に、重力の影響が無視できない物体を用いた量子実験は、量子力学と一般相対性理論の関係を解明するうえで重要な課題となっている。
研究チームは、ダイヤモンド内部に存在する窒素空孔(NV)中心に着目した。NV中心は、ダイヤモンド結晶中の炭素原子が窒素原子に置き換わり、その隣に原子の空孔が形成された構造で、電子スピンを光で制御できる性質を持つ。
実験では、数十億個のNV中心を含むダイヤモンドを磁石の上方に配置し、炭素繊維ロッドを介して、反磁性によって浮上させたグラファイト板と接続した。この構造によって、外部の振動などの影響を抑えながら、微小な力による物体の運動を測定できるようにした。
ダイヤモンドに出力50mWの緑色レーザー光を周期的に照射すると、NV中心の電子スピンが特定の状態に偏極する。これに伴い磁気モーメントが変化し、磁場との相互作用によってダイヤモンドを下向きに押す微小な力が発生する。
研究チームは、グラファイト板に取り付けた鏡とレーザー干渉計を用い、ピコメートル精度で物体の変位を測定した。その結果、レーザー照射によるスピン状態の変化に対応して、物体が上下に運動することを確認した。観測された運動は、レーザーを照射していない状態で生じるランダムな揺らぎよりも大きく、電子スピンに由来する力によって駆動されていることが示された。
今回、研究チームは、従来のスピン力学実験で扱われてきた物体と比較して、質量が約1億~10億倍大きい物体の運動を実証した。量子スピンによる微小な力が、巨視的な物体の力学的な応答として現れることを示した点に意義がある。
ただし、今回観測されたのは量子スピンによって生じた古典的な運動であり、物体全体が量子的な重ね合わせ状態になったことを実証したものではない。今後は、実験装置の高精度化や外部ノイズの低減などを進め、巨視的な物体の量子重ね合わせ状態の実現を目指す。さらに、微小な力や変位を検出できる技術として、暗黒物質や重力波などの観測に向けた高精度センサーへの応用も期待される。





