著者:熟成考房舎 鴫原正義
やめられない、とまらない…と続く戦略
先の原油調達問題でのナフサ不足で騒がれた際に、スナック菓子のカルビーが思わぬところで大きな話題となっていました。企業としては品質や価格を守りながらさまざまな戦略や判断を基に展開している訳で、対応の速さともいえるでしょうか。カルビーの商品は「ポテトチップス」や「かっぱえびせん」など人気の長寿商品も数多くあります。そんなことから興味がわき、今回はカルビーの社風や知財戦略などを追ってみました。
カルビーの歴史
カルビーを創業した松尾孝(1912−2003)の祖父は、1905(M. 38)年に広島で松尾巡角堂を興し、柿ようかんの製造販売を始めていました。次の代の父が1920(T. 9)年に屋号を松尾商店に変えて水飴の製造販売を始めています。松尾は子どもの頃から家業を手伝っていましたが、1937(S. 12)年に父が亡くなり25歳で家業を継ぐことになります。そして新たな事業を始めようと、松尾糧食工業所としてスタートします。戦争の時期を経て、1949(S. 24)年にはキャラメルを主力商品として株式会社に改組します。後の1955(S. 30)年には小麦粉で作ったあられの製造に成功すると同時に社名をカルビー製菓㈱として「かっぱあられ」の販売を始めます。ちなみに、「カルビー」の社名は、栄養食品・健康食品の製品化を目指し、当時の日本人に不足していたカルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」を組み合わせた名で、「安価でも十分な栄養を…」との願いも込められているそうです。
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