2026年10月5日からノーベル賞の発表が始まった。初日のノーベル生理学・医学賞は、光を使って神経細胞の活動を制御する「光遺伝学(オプトジェネティクス)」の発展に貢献したKarl Deisseroth氏、Peter Hegemann氏、Georg Nagel氏の3人が受賞した。光に関わる技術が、物理学だけでなく生命科学でも大きな役割を果たしていることを改めて印象付ける結果となった。

今日6日はノーベル物理学賞が発表される。発表は日本時間18時45分以降の予定だ。ノーベル物理学賞では、光は物質や自然現象を解明する有力な手段であると同時に、通信、ディスプレイ、センシング、医療、量子技術など、現代社会を支える基盤技術としてたびたび受賞対象となってきた。近年の受賞テーマを振り返っても、基礎物理としての重要性に加え、新しい計測手法や産業技術を切り拓いた成果が評価される例も少なくない。
光技術はノーベル物理学賞の重要テーマ
光関連のノーベル物理学賞の歴史は長い。1964年にはCharles Townes氏、Nicolay Basov氏、Aleksandr Prokhorov氏が、メーザー・レーザー原理につながる量子エレクトロニクスの基礎研究で受賞した。1971年にはDennis Gabor氏がホログラフィーの発明と発展で選ばれ、1997年にはSteven Chu氏ら3人がレーザー光による原子の冷却・捕捉技術で受賞している。
2005年にはRoy Glauber氏が光のコヒーレンスに関する量子論、John Hall氏とTheodor Hänsch氏が光周波数コムを含むレーザー精密分光で受賞した。2009年にはCharles Kao氏の光ファイバー通信と、Willard Boyle氏、George Smith氏によるCCDイメージセンサーが選ばれ、今日のインターネットやデジタルイメージングにつながる光技術が評価された。
日本にとって特に象徴的だったのが2014年である。赤﨑勇氏、天野浩氏、中村修二氏が、高効率青色LEDの発明で受賞した。青色LEDによって高効率な白色光源が可能になり、照明やディスプレイなど幅広い用途へ普及したことが高く評価された。2018年にはArthur Ashkin氏の光ピンセットと、Gérard Mourou氏、Donna Strickland氏のチャープパルス増幅(CPA)が選ばれ、レーザーそのものが受賞テーマとなった。
さらに2022年にはAlain Aspect氏、John Clauser氏、Anton Zeilinger氏が、もつれた光子を用いた実験と量子情報科学への貢献で受賞。2023年にはPierre Agostini氏、Ferenc Krausz氏、Anne L’Huillier氏が、電子の超高速運動を観測するアト秒光パルス生成技術で受賞した。量子光学から超高速光科学まで、光は近年も物理学賞の中心的なテーマの一つであり続けている。
2026年はOLEDの安達千波矢氏に注目
では、2026年はどうか。当然ながら、ノーベル賞の選考過程は非公開であり、発表前に受賞者を正確に予測することはできない。ただ、今年は日本の光分野にとって気になる名前がある。クラリベイトが9月に発表した「引用栄誉賞」では、九州大学の安達千波矢氏が物理学分野で選出された。
Stephen Forrest氏、Mark Thompson氏とともに、リン光有機発光ダイオード(PHOLED)と熱活性化遅延蛍光(TADF)によって超高効率OLEDを実現した功績が評価された。クラリベイトは引用分析などを基にノーベル賞級の研究者を選んでおり、2002年以降、同賞の選出者から89人が後にノーベル賞を受賞している。もっとも、引用栄誉賞への選出が、その年のノーベル賞受賞を意味するものではない。
海外でも光関連技術への期待はある。英Physics Worldは2026年の予想の一つとして、安達氏、Forrest氏、Thompson氏による高効率OLEDを挙げている。また、光メタマテリアル分野では、量子カスケードレーザーやメタオプティクスで知られるFederico Capasso氏、変換光学などを開拓したJohn Pendry氏らの名前も候補として取り上げている。ただし、これらはあくまで外部メディアによる予測であり、ノーベル委員会の判断を示すものではない。
ペロブスカイト太陽電池の宮坂力氏
日本発の光・エネルギー変換技術では、桐蔭横浜大学の宮坂力氏も長く注目されてきた。宮坂氏は、ペロブスカイト材料を太陽電池へ応用する研究を先駆的に進め、2009年には有機無機ハイブリッド型ペロブスカイトを光吸収材料として用いた太陽電池を報告した。
その後、ペロブスカイト太陽電池は高効率化が急速に進み、軽量・薄型化や低温プロセスへの適性から次世代太陽電池として世界的な研究開発競争が続いている。
宮坂氏は2017年、Nam-Gyu Park氏、Henry Snaith氏とともに、「効率的なエネルギー変換を達成するためのペロブスカイト材料の発見と応用」でクラリベイト引用栄誉賞の化学分野に選出された。したがって、本日の物理学賞に限った候補というより、今後のノーベル賞全体を見渡した際に注目される日本人研究者の一人といえる。もちろん、引用栄誉賞への選出はノーベル賞受賞を保証するものではない。
VCSELを生んだ伊賀健一氏
光デバイス分野では、東京科学大学・栄誉教授の伊賀健一氏にも注目したい。伊賀氏は1977年に垂直共振器型面発光レーザー(VCSEL)の基本概念と構造を提案し、1979年に低温での動作を実現した。その後、小山二三夫氏らとの研究を通じて1988年に室温連続発振に成功し、実用化への道を切り拓いた。
VCSELは、低消費電力、高効率、高密度集積といった特徴を持ち、現在ではデータセンターの光通信、スマートフォンの3Dセンシング、LiDARなど幅広い用途で使われている。
2026年には伊賀氏と小山氏が「垂直共振器型面発光レーザの実現・性能向上と応用展開」で日本学士院賞を受賞した。ノーベル賞の公式な候補者名は公表されないため断定はできないが、基礎概念から巨大な産業応用へつながった日本発の光技術として、VCSELは将来の評価が期待されるテーマの一つである。
光格子時計、フォトニック結晶、量子ドットも
日本の光研究には、これ以外にも将来の評価が期待される分野がある。東京大・理研の香取秀俊氏が開拓した光格子時計は、多数の原子をレーザー光で作る光格子に閉じ込め、極めて高い精度で時間を測る技術である。2005年にはNatureでその原理実証が報告され、現在では10-18級の精度を持つ次世代時計として、基礎物理の検証だけでなく、標高差を測る相対論的測地などへの展開も期待されている。今年8月には、時計動作の「デッドタイム」をなくし、連続的な計測につなげる新しい分光方式も報告された。
また、京都大学の野田進氏が開拓してきたフォトニック結晶やフォトニック結晶レーザー(PCSEL)、東京大学の荒川泰彦氏らが発展させてきた量子ドットや量子ドットレーザーなど、日本発の光・量子技術には、基礎物理と産業応用の双方で大きな影響を与えてきた研究が少なくない。
これらがいつ、どのような形でノーベル賞の評価対象となるかを予測することは難しいが、世界のフォトニクス研究を支える重要な成果である。
「光」が続くのか、発表に注目
昨日の生理学・医学賞が光遺伝学だったことを考えれば、2026年のノーベル賞週間は初日から「光」で幕を開けたともいえる。本日の物理学賞でも光関連技術が続くのか、あるいは別の物理分野が選ばれるのか。結果そのものはもちろん、日本発の研究が世界の科学技術の中でどのような位置にあるのかという視点からも、発表を見守りたい。









