防衛省は、令和8年版防衛白書を公表した(ニュースリリース)。今回の白書は「未来につながる安全保障」をテーマに、日本を取り巻く安全保障環境を分析するとともに、防衛力を支える技術力や産業基盤の重要性を取り上げている。
防衛白書は、防衛政策や自衛隊の活動、周辺国の軍事動向などを国民に説明するため、毎年刊行されている。令和8年版では、従来型の装備品や部隊の整備に加え、AI、無人機、自律システムなどの新技術が、作戦のあり方に変化をもたらしている点にも焦点が当てられた。
白書が示す安全保障環境は、引き続き厳しい。中国による軍事活動の活発化、北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアを含む各国の軍事動向など、インド太平洋地域では不確実性が高まっている。こうした状況への対応には、装備品の数量や性能だけでなく、研究開発力、製造能力、サプライチェーン、人材などを含めた総合的な基盤が必要になるとの認識が読み取れる。
無人機が変える戦場
近年の紛争では、小型無人機が偵察、監視、攻撃、通信中継など、幅広い用途に使われている。比較的低コストの無人機を大量に運用し、従来型の兵器や情報システムと組み合わせる戦術も広がっている。
こうした動きは、高価な装備品だけを前提としてきた従来の防衛システムに、新たな課題を突き付けている。多数の無人機を早期に発見し、識別し、追尾したうえで、費用対効果を考慮しながら対処する能力が求められるためである。
この「新しい戦い方」を光技術の視点から見ると、フォトニクスが関与し得る領域は多い。
無人機や自律システムでは、可視光カメラ、赤外線センサー、レーザー測距装置、LiDARなどが、周辺環境の把握や目標の認識に利用される。機体の小型化や長時間運用を進めるには、センサーの高感度化だけでなく、省電力化、軽量化、耐環境性の向上も重要になる。
一方、無人機への対処においても、光学・赤外線センサーによる探知や追尾、レーザーを利用した測距・照準などが重要な構成要素となり得る。電波センサーだけでは識別が難しい小型目標に対して、複数のセンサー情報を組み合わせる「センサーフュージョン」の必要性も高まるとみられる。
高出力レーザーへの期待と課題
光・レーザー分野で特に注目される技術の一つが、高出力レーザーである。海外では、小型無人機や飛来物への対処を想定した指向性エネルギー技術の研究開発が進められており、日本でも将来装備につながる技術の一つとして関心が寄せられている。
レーザーを利用した迎撃システムには、発射回数当たりのコストを抑えられる可能性や、光速で対象にエネルギーを伝達できるといった特徴がある。一方で、天候や大気の状態による影響、対象を正確に追尾し続ける制御技術、発生する熱の処理、電源の確保など、実用化に向けた技術的課題も少なくない。
したがって、高出力化だけでシステムが成立するわけではない。レーザー光源、ビーム制御、補償光学、精密追尾、熱マネジメント、電源などを統合する総合的なシステム設計が必要となる。ここには、産業用レーザーや精密光学、画像処理の分野で蓄積されてきた技術が生かされる余地がある。
宇宙・通信・量子分野にも広がる接点
安全保障分野における光技術の役割は、センサーやレーザーだけに限られない。
衛星や航空機、無人機が取得するデータ量が増えるにつれ、通信ネットワークには一層の高速化と大容量化が求められる。電波通信を補完する手段として、衛星間や衛星―地上間を結ぶ光通信技術の活用も検討されている。光通信には、大容量化や電波周波数の制約を受けにくいといった利点が期待される一方、雲や大気の揺らぎへの対応、精密な捕捉・追尾技術などが課題となる。
量子技術についても、安全保障との接点は広い。量子暗号通信に加え、量子センサー、原子時計、慣性計測などは、通信の安全性や測位・計測精度を高める技術として研究が進められている。ただし、その多くは研究開発段階にあり、実際の運用には性能、信頼性、コスト、システムとの統合性などを慎重に評価する必要がある。
防衛生産・技術基盤とデュアルユース
今回の白書を読み解くうえで、もう一つ重要なのが、防衛生産・技術基盤の位置付けである。
現在の防衛装備品は、電子部品、半導体、ソフトウエア、通信、センサー、先端材料など、多様な民間技術によって成り立っている。防衛分野だけで独自に研究開発や製造を完結させることは難しく、企業、大学、研究機関、スタートアップが持つ技術を取り込む必要性が高まっている。
この動きは、民生と防衛の双方に利用可能な「デュアルユース技術」への関心とも重なる。
レーザー加工、光ファイバー、イメージセンサー、LiDAR、赤外線デバイス、光通信部品などは、もともと製造業、通信、自動車、医療、宇宙などの用途で発展してきた。これらの技術が、性能や信頼性、供給安定性などの条件を満たせば、安全保障分野でも活用される可能性がある。
反対に、防衛・宇宙用途で培われた耐環境技術や高信頼性設計が、民生分野へ展開されることも考えられる。民生技術と防衛技術を単純に切り分けるのではなく、双方の技術開発が相互に影響を与える構造になりつつある。
フォトニクス企業に求められる視点
日本企業は、レーザー、光通信、光計測、赤外線、精密光学部品などの領域で、長年にわたり技術を蓄積してきた。こうした技術は、当初から防衛用途を想定していなくても、要求される性能や品質に適合すれば、防衛システムの構成要素となる可能性がある。
もっとも、防衛分野への参入は、単に高性能な製品を提供すれば実現するものではない。長期供給への対応、品質保証、情報管理、サイバーセキュリティー、輸出管理、事業継続体制など、民生市場とは異なる要件が求められる場合がある。用途や最終需要者を把握し、自社技術がどのように利用され得るのかを慎重に検討する姿勢も欠かせない。
今後、防衛装備庁による民間技術の探索や研究開発支援、スタートアップとの連携が進めば、フォトニクス関連企業が防衛・安全保障分野と接点を持つ機会は増えると考えられる。ただし、それを直ちに市場拡大と捉えるのではなく、技術的な適合性、事業上のリスク、社会的な受容性を含めて判断する必要がある。
令和8年版防衛白書は、安全保障環境の変化を示す政策文書であると同時に、防衛力を支える技術と産業のあり方を考える材料でもある。
白書に光・レーザー技術が網羅的に記述されているわけではない。しかし、無人機、宇宙、通信、センシング、指向性エネルギー、量子といった技術領域をたどれば、その基盤にフォトニクスが深く関わっていることが見えてくる。
安全保障を支える技術の高度化が進むなか、光・レーザー技術の重要性は、今後さらに意識されることになりそうだ。(編集部 林諭子)



