【解説】IceCubeにノーベル賞、高エネルギーニュートリノ発見に貢献した日本の企業

 2026年のノーベル物理学賞は、南極のIceCubeニュートリノ観測所への決定的な貢献と、天体起源の高エネルギーニュートリノの発見により、米ウィスコンシン大学マディソン校のFrancis Halzen氏に授与された。IceCubeは、約1km³にも及ぶ南極の氷を巨大な検出媒体として利用し、宇宙から飛来するニュートリノを捉える観測施設である。

その観測の主役は、「光」である。ニュートリノが氷中の物質とごくまれに反応すると、荷電粒子が生成され、青白いチェレンコフ光を放つ。IceCubeでは、氷の深部に設置した多数の光センサーによってこの微弱な光を捉え、到達時刻や光量などから、ニュートリノのエネルギーや飛来方向を再構成する。そして、この南極の氷を利用した巨大なニュートリノ観測装置には、日本の光技術も深く関わっている。

微弱な光を捉える浜松ホトニクスのPMT

 IceCubeの光検出を担う中心的なデバイスが、光電子増倍管(PMT)である。千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターによれば、従来のIceCube光検出器「DOM」にも浜松ホトニクス製PMTが使われている。さらに、千葉大学がIceCube Upgrade向けに開発した新型光検出器「D-Egg」にも同社製の高性能PMTが採用された。

(画像)千葉大学で生まれた新型高性能光検出器「D-Egg」
©ICEHAP

 PMTは、入射したわずかな光を光電子へ変換し、それを増倍して電気信号として読み出すデバイスである。極めて微弱なチェレンコフ光を捉えなければならないニュートリノ観測にとって、まさに「目」にあたる。従来のDOMでは下向きに1個のPMTを配置していたが、D-Eggでは直径約20cmのPMTを上下に1個ずつ搭載した。この構造によってさまざまな方向から来る光に対する感度を高め、光子の到来方向をより精度よく測定できるようにした。

 小柴昌俊氏のノーベル賞(2002年)につながったカミオカンデ、そして2015年にノーベル賞を受賞した梶田隆章氏が用いたスーパーカミオカンデにも、日本のPMT技術はニュートリノ観測を支えてきた。観測施設や対象とするエネルギー領域は異なるものの、「極めて微弱な光を捉える」技術がニュートリノ天文学を成立させている点は共通している。

光検出器を700気圧から守る岡本硝子

 一方、どれほど高性能なPMTがあっても、南極の氷深くに設置できなければ観測は成立しない。そこで重要になるのが、PMTを包む耐圧ガラスである。D-Eggのガラス耐圧容器には、岡本硝子の製品が採用された。IceCube Upgradeでは最大約2,600mまで氷を掘削して検出器を埋設する。D-Eggはこの極限環境で長期間にわたって安定して動作することが求められる。岡本硝子は、同社の高精度成型技術と耐圧・高信頼性ガラス技術が評価され、採用に至ったとしている。

 千葉大学によれば、D-Eggのガラスは700気圧以上、深海7,000mの水圧に相当する圧力に耐える設計となっている。しかも役割はPMTを圧力から守るだけではない。外からやってくる微弱なチェレンコフ光を内部のPMTまで届ける「光学窓」でもあるため、光の透過性能も必要となる。「光を通すこと」と「巨大な圧力に耐えること」。D-Eggのガラスには、この二つを両立する性能が求められている。

「検出」と「保護」が一体となった日本発のD-Egg

 D-Eggは、千葉大学が10年以上にわたり研究開発から製作までを主導してきた光検出器である。2026年2月にはIceCube Upgradeの建設が完了し、南極の氷中に600台を超える新型高感度光検出器が設置された。このうち約4割をD-Eggが占める。千葉大学は、日本国内の複数企業と学生・若手研究者が連携して開発・製作を進めてきたとしている。

 D-Eggは、浜松ホトニクスのPMTが「光を捉え」、岡本硝子の耐圧ガラスがそれを極限環境から「守る」。そこに光をPMTへ導く材料や読み出し回路、較正用LEDなどが組み合わされ、一つの光検出器を構成している。今回のノーベル賞は、Halzen氏が構想し実現へ導いたIceCubeと、高エネルギー宇宙ニュートリノの発見に対して贈られたものであり、D-Eggによるアップグレードそのものが受賞対象となったわけではない。

 しかし、IceCubeによって開かれた高エネルギーニュートリノ天文学は、いまも進化を続けている。「ほとんど見えない粒子」を捉えるため、わずかな光を検出する。そして、その光を捉えるセンサーを過酷な南極の氷の中で守る。

 ノーベル賞で脚光を浴びた巨大科学プロジェクトの次のステージを、こうした日本の光・材料技術が支えているのは感慨深い。

キーワード:

関連記事

  • 【解説】何が評価されたのか アイスキューブと光検出技術の役割

    スウェーデン王立科学アカデミーは2026年10月6日、ノーベル物理学賞を、米ウィスコンシン大学マディソン校のFrancis Halzen氏に授与すると発表した。南極のニュートリノ観測施設「IceCube Neutrino…

    2026.10.06
  • 板橋区と東大宇宙線研が連携協定、地域産業と科学技術人材の育成へ

    東京都板橋区と東京大学宇宙線研究所は2026年10月2日、板橋区立グリーンホールで開催された「第13回板橋オプトフォーラム」において、地域産業の持続的な発展と科学技術を支える人材の育成を目的とした連携協定を締結した。 締…

    2026.10.05
  • 【interOpto2025】夏目光学、可視化実験用モデルを展示

    interOpto / 光とレーザーの科学技術フェアで、夏目光学【可視化技術フェア No. B-16】は、可視化実験用モデルを展示している。 展示されていたのは、エンジンのシリンダーなど車載部品をガラスで製造したものだ。…

    2025.11.12
  • 【interOpto2025】五鈴精工硝子、透過・拡散ガラス・両面レンズアレイを展示

    interOpto / 光とレーザーの科学技術フェアで、五鈴精工硝子【紫外線フェア No. C-15】は、紫外線殺菌・露光装置に注目される成型可能な紫外線透過ガラス「IHUシリーズ」、高い拡散効果と安定した配光特性を誇る…

    2025.11.11
  • 東大ら,単一元素金属がガラス化する仕組みを解明

    東京大学と中国松山湖材料実験室の研究グループは,単一元素(金属)がガラス化するメカニズムを大規模シミュレーションにより解明した(ニュースリリース)。 金属ガラスは,結晶性金属にはない高強度や耐食性,優れた加工性などの特性…

    2025.09.12

新着ニュース

人気記事

編集部おすすめ

  • オプトキャリア