分子研ら,光で分子が芳香族性を獲得する瞬間を観測

著者: 梅村 舞香

分子科学研究所,大阪大学,京都大学は,フェムト秒時間分解インパルシブ誘導ラマン分光法(TR-ISRS)を活用し,励起状態での分子が曲がった構造のまま芳香族性を獲得し,その後ピコ秒のスケールで徐々に平面化していく様子を世界で初めて直接観測した(ニュースリリース)。

芳香族性は,環状分子が平面構造で強い安定性と特有の反応性を示す化学の基本概念。従来,光励起による構造変化や電子状態の変化を予測・設計するうえで,励起状態芳香族性の概念が大いに活用されてきた。しかし,励起された直後の分子が具体的にいつ,どのように芳香族性を獲得するのかについては未解明な部分が多く残されていた。

近年は,励起状態芳香族性を示す新規分子の合成や,超短パルスレーザーを用いた時間分解分光技術の発展により,励起状態芳香族性に関わる分子構造ダイナミクスを観測できるようになった。しかし,これまでは励起後ある程度安定化した平衡状態付近での観測が主流であり,非平衡状態の分子が形を変えていく中でどのタイミングで芳香族性を示しはじめるのかは不明のままだった。

研究グループは,フェムト秒時間分解インパルシブ誘導ラマン分光法(TR-ISRS)を用いることで,励起状態での超高速構造変化をラマンスペクトル(振動スペクトル)の時間変化として直接とらえた。

対象としたのは,近年開発されたCOT(シクロオクタテトラエン)骨格をもつ羽ばたく分子(FLAP)の一つで,今回合成されたFLAPは,光照射後に励起状態芳香族性によって曲がった構造から平面構造への変化が駆動される特徴をもつ分子。こうしたFLAPは,二重発光蛍光プローブや光溶融接着剤など,光応答を活用した先端材料としても注目を集めている。

過渡吸収分光法では,まず数百フェムト秒以内の電子状態の急激な変化が確認された。一方でTR-ISRS測定を行なうと,その後ピコ秒スケールにわたってCOT環が伸び縮みする振動の周波数が連続的にシフトする様子が観測され,分子全体が段階的に平面化していくことがわかった。

量子化学計算との比較検討から,励起後の分子は曲がった構造の段階ですでに芳香族性を示しはじめ,そこから段階的に平面化が進行し,より強い芳香族性を獲得することがわかった。これは,励起状態芳香族性の発現によって引き起こされる分子構造ダイナミクスを理解するうえで極めて重要な成果だという。

研究グループは,この成果は,励起状態芳香族性という現象を,超高速で変化する分子構造の動きを通してとらえ,今後の高効率な光エネルギー変換材料や光応答性材料などの設計指針に新たな視点を与えると期待されるとしている。

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