量子技術の社会実装に向けた動きが加速している。ここ最近、発表されたニュースは、日本の光技術が次世代の情報インフラである「量子インターネット」と、計算基盤である「量子コンピュータ」の双方において、産業化に向けたクリティカルパスを担っていることを浮き彫りにした。
一つは、量子通信の分野では、横浜国立大学とLQUOMが、量子中継の実装に不可欠な「周波数多重量子メモリと量子光源の接続システム」の開発の成功だ。光ファイバーによる長距離量子通信において最大の障壁となるのは、光子の減衰である。これを克服する量子中継技術の中でも、周波数多重方式は通信レートを飛躍的に向上させる有力な手法とされてきた。今回の成果は、世界最高となる83の周波数多重度を達成しており、プラセオジム添加結晶(Pr:YSO)を用いたメモリと高効率な量子光源を安定して接続できることを実証した。これは、単なる基礎研究の段階を超え、グローバルな量子通信網という実用的なインフラ構築に向けた極めて重要な技術的進展といえる(関連記事)。
もう一つの量子計算の分野では、浜松ホトニクスが子会社のNKT PhotonicsおよびYaqumoとの間で、量子コンピュータの産業化に向けた先端光学システムに関する覚書(MoU)を締結したこと。この提携の焦点は、冷却原子方式の量子コンピュータである。浜松ホトニクスが誇る光検出器やイメージングシステム、NKT Photonicsの高度なレーザー技術、そしてYaqumoの量子ハードウェアの知見を融合させることで、これまでは研究室レベルにとどまっていた高度な光学系を、産業用ハードウェアとしてパッケージ化し、グローバルなサプライチェーンを構築することを目指している。日本とデンマークの両政府がこの締結に立ち会ったという事実は、量子技術がもはや一企業の競争領域ではなく、国家間の戦略的な協力が不可欠な安全保障・経済基盤へと進化したことを象徴している(関連記事)。
これらのニュースを俯瞰すると、一つの共通した潮流が見えてくる。それは、「光技術」が量子技術を研究フェーズから産業フェーズへと押し上げる共通言語になっているという点だ。横浜国立大学の研究がムーンショット型研究開発事業や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの政府支援を受けて着実な成果を上げていることや、九州大学らによる原子時計を用いた量子重ね合わせの実証といった基礎科学の進展がある中で、浜松ホトニクスのような民間企業がその社会実装のための「物理的基盤」を整え始めている。
編集部としては、こうした「アカデミアによる技術的限界の突破」と「産業界による強固なサプライチェーンの構築」が同時並行で進んでいる現状を、日本の量子産業が成熟期に入りつつある兆候と捉えている。光学技術のリーダーたちが連携を深めることで、複雑な量子システムがブラックボックス化され、エンドユーザーにとって扱いやすい「製品」へと昇華される日が、着実に近づいている。(編集部 林 諭子)



