光技術が再構築する伝統芸能─「能」に新たな風を吹き込む

─今はどんなことに取り組んでいますか?

映像表現系では,人物抽出をちゃんとやりたいと考えています。劇場でロバストかつ高精度に動くというところはちゃんと取り組まないといけません。もうちょっと柔軟に,誰でも扱いやすい形で構築できないかと考えているところです。

遠赤外線カメラを使うというのもハードルを上げてしまうので,近赤外線カメラも使えるようにしたいと思っています。一方で遠赤外線カメラがもっと安くなるのを心待ちにしているクリエイターもたくさんいますので,なんとかならないかなぁと思っています。

─注目されている光技術があれば教えてください

私は以前,電気通信大学の小池英樹先生(現東工大教授)の研究室にいたのですが,そこでは偏光を応用した研究をしていました。例えば偏光板を使って,目には見えないけど偏光フィルタをつけたカメラだと認識できる二次元バーコードや,高速度カメラと組み合わせて偏光板を貼り付けた独楽の位置と回転数をトラッキングしたりしていました。最近だと,一度に複数の偏光軸の映像を同時に撮れるカメラも出ているので,そういうのを見るとまた偏光ネタで遊びたくなりますね。

メディアアートの分野でも偏光を使った研究はありますが,安く作れるのに意外に活用の仕方は知られていません。偏光で遊ぶ方法はもっと知られてもいいですよね。面倒な作業をせずにすぐに遊べる偏光フィルタ付きカメラが安く出れば,「ちょっと俺もやってみようかな?」と考える人がもっと出てくると思います。特にメディアアートの分野だと,きちんと計算して設計するよりも,いろいろ手探りで積み重ねていく中ですごいものが出てくることも多いですから。そういう力を持った方たちがもっと光学系で遊べる環境があるといいなと思います。

─もっと手軽に,ということでしょうか?

そうですね。例えば昔の遠赤外線カメラって値段が高くてちゃんとクーリングしないといけなくて,データをリアルタイムに取り込むことができなくてものすごくハードルが高かったんですけど,今はUSBカメラとしてパッとつなぐことができるようになったので,僕も「じゃあ使ってみようかな」となったんです。

私が主に関わっているHCI(Human Computer Interaction)分野でいうと,リアルタイムでデータを取得できることがとても重要です。どんなデバイスでもリアルタイムじゃないと,HCI分野では使いようがありません。例えばハイスピードカメラなら,映像をいったんメモリに保存して,撮影し終わってからダウンロードするものが多いのですが,我々はとにかくリアルタイムでやりたかったわけです。10年前くらいからそれが安価にできるようになってから,HCIやメディアアートの分野でも使われるようになりました。秒間1万フレームも撮れなくてもいい,1000フレームでもいいから安く使いたい,といった需要はあると思います。

─最後に,先生の研究は今後どのように社会実装されていくのでしょうか?

もともとHCIの分野は,コンピューターをいかに使いやすくするか,そうすることでいかに人々の創造力を引き出せるかに着目しています。私が関わっている分野は公共空間の場合と近くて,相手にするのが1000人の観客なのか1000人の通行人なのか,というくらいの違いしかありません。たとえば公共空間で緊急事態が起きた時に,できるだけ多くの人に素早く情報を共有するにはどうすればよいか,といったテーマは我々が持つ知見を活用することができるかもしれません。1対1ではなくて,1対多という場をターゲットに,今後も研究しようと思っています。

(月刊OPTRONICS 2020年2月号)

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