世界の頭脳が集う亜熱帯の研究機関─OISTの魅力を気鋭の研究者に聞く

─Kuhn先生はどんな研究者と一緒に仕事をしたいと考えていますか?

私の研究室の活動は様々な専門分野にまたがっています。もちろん研究室には神経科学分野の人が多いのですが,生物分野では他にも生物物理を学んだ人,それから物理学者もいて重要な役割を担っていますし,プログラミングを担当するIT分野のバックグラウンドを持った人もいます。国籍もイギリス,ニュージーランド,インド,エジプト,日本,キプロス,リトアニア,イタリア,台湾からの学生もいました。この様に,様々なバックグラウンドを持った人たちと共に研究をしたいと思っていて,現在,私の研究室には12名が在籍しています。もちろん,学生も多いので人数は変動します。

─優秀な人材を採るために心がけていることはありますか?
Kuhn研究室のメンバー 提供:OIST
Kuhn研究室のメンバー 提供:OIST

基本的にはモチベーションの高い人に来てもらおうと思っています。お話した様に,この研究室に来る人のバックグラウンドは多種多様です。物理学を学んだ人かもしれませんし,生物学のある分野を学んだ人かもしれません。まったく別の分野を学んだ人である可能性もあります。その様な方々と協力・協業するにあたって,私自身は何か新しい事柄を発展させたり前進させたりする事に貢献したいと思っています。

その為に,研究室に入る候補者に対して私はオープンですし,様々な人に来ていただきたいと思っていますが,その条件はモチベーションにあふれ,一生懸命に仕事をする事をいとわないと私が感じとれる人だという事です。その背景には,すべての研究テーマは個々の人に設定されているという事もあります。私の研究室では研究テーマは人によってすべて違っていて互いに独立しています。

入試に関してですが,我々の大学の学生は優秀です。毎年,応募者がたくさんいますが,その中で最も優秀な人を選ぶ事ができています。その為に多くの面談を行ないます。他の教授陣も同様に多くの面談を行ない,学生たちは様々な分野の教授と話す経験をすることによってOISTで研究したいという意識があがります。

面談は志願する学生にOISTに来てもらって行ないます。これは費用もかかりますし,人によっては多少の困難も伴いますが,この場所を好きになれるか,ここに来るべき価値があるかをよく理解するために必要なコストだと思います。やはりOISTは大都市から離れていて特殊な環境なので,もちろんそれが好きな人もいますし,適さない人もいますから。

─日本の高等教育の現状をどうご覧になっていますか?
中学生に講義をするKhun氏 提供:OIST
中学生に講義をするKhun氏 提供:OIST

難しい質問ですね。基本的には,日本の学生が優秀である事に感銘を受けています。もちろんポストドクターも優秀です。ただ,日本の学校のシステムは大変に厳格だと思います。大変にタフです。そして,多くの学生が,科学をする事に対するモチベーションを卒業するまでに失ってしまいます。それは,高校や大学の教育システムの間に受けるプレッシャーによってではないかと思っています。結果的に博士号を取る学生がそれほど多くないことが大きな問題で,日本にはもっと多くの博士号を取る学生が必要だと思います。

繰返しますが日本の学生自体は優秀です。実際,OISTを受験する日本の学生は他の国の学生よりも概して優れています。問題なのは,日本からのOIST受験生が非常に少ない事です。私には日本の学生の多くが学部卒業の時点で疲労してしまっているのではないかと思えます。もう研究は止めて関わりを捨て,むしろお金を稼ぎたい,安定した生活が欲しいと思ってしまっているのだと想像します。日本の教育システムは,もっと学生に対するプレッシャーを軽減し,モチベーションを与える様にしなければなりません。

わたしは毎年,地域の小学生を対象にした科学教室で子供達に教えています。1年生,2年生,3年生は皆,興奮して学び,科学者になりたいという子供もたくさんいます。例えば今年は化石について教えました。ここには化石を探すのに良い場所や海岸がたくさんあるので,貝やサメの歯などの化石を見つけ,子供たちは地球の歴史や生物の進化を学ぶことができます。参加した子供たちは大変に興奮して熱心に学んでいました。

しかし,大学を卒業するまでには殆ど誰も科学者になりたいとは思わなくなる様です。それはプレッシャーがあまりにも大きいからだと思います。彼らは,自由に何か面白い事を追求する能力を失ってしまいます。我々の研究活動は,楽しみや興味につながるべきもので,プレッシャーであってはなりません。自らやりたいと思うべきもので,他の誰かに強制されるものではありません。学生は,自分自身のモチベーションを自ら作っていかねばならないと思います。そしてそれは,教師から与えられるべきものではないのです。

本土にいる友人の多くは,博士号の学生を引き付けることが難しいと言っています。なぜなら,博士号を取ろうとすると多くの場合,日本ではその費用を学生が払わなければなりません。他の国では博士号を取るまでの間にサラリーを得る事ができます。学生が25歳になって博士号を取ろうと思った時,親に対して引き続き30歳近くまで経済的な援助を求め続けなければならないのは気が引けるでしょう。OISTはフェローシップを学生に与えているので,学生は博士号を取る間も収入を得ることができます。もちろんそれほど多くはありませんが,家賃の補助やリサーチアシスタントシップでの収入等もあるので,生活をしていくには十分なレベルです。

特に若い読者に伝えて欲しい事があります。それはもっとOIST,あるいはその他の博士プログラムに参加・受験をして欲しいという事です。もっとエキサイティングで重要な事を行なう事を考えて欲しいと思います。そして年配の読者には,若い人や子供たちがそうなる様に意識づけをして欲しいですし,政府はこの様な活動をサポートすべきだと思います。

参考文献(OIST HPより)
Kuhn研究室の発表論文:https://groups.oist.jp/onu/publications
研究に関する記事:https://www.oist.jp/groups/optical-neuroimagingunit-bernd-kuhn

(月刊OPTRONICS 2019年12月号)

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