世界の頭脳が集う亜熱帯の研究機関─OISTの魅力を気鋭の研究者に聞く

─OISTの第一印象はどうでしたか? 
自然豊かな環境に建つOIST 提供:OIST/東郷憲志
自然豊かな環境に建つOIST 提供:OIST/東郷憲志

OISTの人々のあふれる熱意や沖縄の自然の美しさもそうですが,とりわけ印象的だったのは,OISTのような研究機関を造るために政府が大きなコミットメントをしている事です。これは大きな実験だと思います。私自身も大都市に近い場所,ミュンヘンやニューヨークの研究機関にいましたが,このような研究機関は沖縄という都会から離れた島ではなく,東京近郊に造った方がもっと易しかったはずです。

大都市から離れているということは時にチャレンジングですが,あふれる美しい自然の中で心を自由に保ち,研究に集中できます。ドイツの郊外の出身の私は,自然やハイキングをエンジョイしてきました。沖縄にあるOISTは私にとって理想的です。

─研究内容と最新の成果について教えてください 

我々は「神経科学」に興味を持っています。つまり,脳内で知覚情報がどの様に処理されているかを理解し,そして我々の行動がいかにしてニューロンの活動から発生しているのかを理解したいのです。メインの研究は,脳内のニューロンの活動を可視化し,かつ,それを様々なタイムスケールと行動状態(Behavioral State)に即して観察する事です。その際にイメージング技術が果たす役割は,ニューロンの活動を可視化できる光学シグナルに変換する事です。

我々の手法はin vivoで2光子顕微鏡を使うもので,覚醒中のマウスに対して行ないます。対象のマウスは実験用トレッドミルの上にいる時も有れば,バーチャルリアリティーシステムの中にいる時もあります。その時のマウスの行動と同時に,我々の手法によって脳内の状況を観察する事ができます。つまり,行動と脳内の信号を結び付けられるのです。

実際には様々な指示薬(indicator)や分子を使い,ニューロンの活動を光学シグナルに変換します。多くのニューロンサイエンティストがカルシウムイメージング,つまりカルシウムの活動をイメージ化する技術を使っていますが,我々はこの他に独自の大変興味深い分子,タンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)の活動に着目した技術も用いています。

Kuhn研究室が捉えたマウス二次運動野(M2)in vivo 提供:OIST
Kuhn研究室が捉えたマウス二次運動野(M2)in vivo 提供:OIST

我々の強みである固有技術は電圧のイメージ化です。電圧シグナルは大抵の場合,脳内で最も速いシグナルです。例えば活動電位(アクションポテンシャル)はおおよそ1ミリ秒の間しか持続しません。このような信号を検出するためには非常に速いイメージング技術が必要となりますが,我々はこの電圧信号をイメージングする事に専門性を持っています。この技術により覚醒状態の動物において,一つのニューロン内での電圧の変化がどの様なプロセスで広がっていくのか,サブミリ秒のタイムスケールで観察する事ができます。

まとめますと,ある種のシグナルには1ミリ秒しか持続しないものもあれば,別のシグナルには数10秒持続するものもあります。我々はこの様に非常にタイムスケールが異なる信号をイメージ化する手法を研究し,それを脳内のニューロンの活動を可視化する事に応用しているのです。

最近の成果ではこの電圧のイメージング技術の開発が最も重要なものです。ここに至るまでは長い時間がかかっていて,実際,この課題に取り組んだのは20年程前,私が大学院の学生の時でした。私は電位イメージング色素の開発にも関わり,それに対してイメージング技術を最適化することで,最終的には単一ニューロンの中の活動を0.5ミリ秒のタイムスケールでイメージ化する事が可能となりました。この評価系や結果については昨年発表しましたが,これが現在でも最も重要な成果だと思っています。

ちなみに研究で使う2光子顕微鏡は我々が自ら組み立てています。様々な部品をそれぞれ異なる顕微鏡メーカーから入手して組み上げました。現在,2光子顕微鏡は3台が組み立ててあり,常にこれらの顕微鏡や実験系の改善,改良を行なっています。

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