東大と電通大、量子もつれ光子を利用した時間分解分光法の提唱

東京大学と電気通信大学は、既存の単一光子検出技術で実装可能な、量子もつれ光子対を用いた新しい時間分解量子分光法を提唱した(ニュースリリース)。

(図)今回の研究で提案した時間分解量子分光法の概念図

分光分野では、量子もつれ光子対を利用することで、ショット雑音以下での吸収分光や、可視光検出による赤外分光など、古典光では得られない利点が提案・実証されてきた。また、量子もつれ光子対を二次元分光法などの時間分解分光計測へ応用し、レーザーなどの古典光では達成が難しい高感度化や選択励起を目指す理論研究が進められてきた。

しかし、従来提案されてきた多くの手法では、非線形光学応答を引き起こすために、量子もつれ光子対の両方を分子と相互作用させる必要があった。その結果、得られる信号は極めて微弱となり、現状の単一光子検出技術だけでは実験的実装が難しいという課題があった。

今回、研究チームは、既存の単一光子検出技術の範囲で実装可能な、量子もつれ光子対を利用した二次元蛍光分光法を理論的に提唱した。まず、パルスレーザーを非線形結晶に入射し、自発的パラメトリック下方変換によって量子もつれ光子対を生成。生成された光子対は偏光ビームスプリッター(PBS)で分離され、一方の光子(シグナル光子)は分子サンプルの励起に用いられる。サンプルから放出された蛍光光子と、もう一方の光子(アイドラー光子)との間で二光子同時計数検出を行なう。ここで、遅延線型単一光子検出器と分光器を組み合わせることで、両光子の到着時刻と周波数を同時に計測する。

(図)量子もつれ光子対による二次元蛍光分光の光学系の概略図

自発的パラメトリック下方変換で生成される量子もつれ光子対は、時間と周波数に関して強い量子相関をもっている。このため、検出したアイドラー光子の時間・周波数情報を手がかりに、サンプルを励起したシグナル光子の時間・周波数情報を再構成できる。その結果、従来の古典光による二次元分光法で必要だったような、複数の超短レーザーパルスの精密な遅延制御を行なわなくても、二次元スペクトル情報を取得できる可能性が開かれる。これは、多次元分光装置の大幅な簡素化・小型化につながりうる点で重要となる。

さらにこの提案は、信号検出が蛍光に基づくことから、従来の四光波混合による二次元分光計測で問題となりがちな、複数の非線形光学過程からの寄与が混在する状況に対して、誘導放出に相当する成分を選択的に引き出せる。これにより、スペクトルのピーク形状が簡素化され、観測スペクトルから分子ダイナミクスに関する情報をより明瞭に抽出できることが期待される。

(図)光合成捕獲タンパク質における二次元スペクトルのシミュレーション結果
(A)本提案の量子もつれ光子対を用いた二次元スペクトル。(B)従来の古典光(四光波混合)による二次元スペクトル。

これらの利点は、研究チームがこれまで「量子もつれ光子対の両方を分子に照射する」タイプの時間分解量子分光において理論的に示してきたものでもある。しかしその方式は、信号の弱さのため実験実装が困難という問題があった。この研究では、蛍光光子とアイドラー光子の同時計数検出により、量子もつれ光子対に由来する事象のみを選択的に抽出して非相関光子由来の背景ノイズの影響を抑えつつ、量子相関の利点を時間分解分光へ現実的に組み込む道筋を示した。

この研究で想定している単一光子検出は、すでに市販されている遅延線型単一光子検出技術に基づいており、実験的に実現可能な「量子もつれ光子対による時間分解分光」への道筋を示すもの。今後は、本手法の実験実装に向けた技術開発を推進し、提案した分光計測手法を用いて、生体分子内部における化学反応過程の物理機構など、未解明な物理化学現象の解明を目指す。

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