名古屋工業大学の研究グループは、細胞内イオン環境に左右されにくい新たな神経抑制法として期待される光駆動ナトリウムポンプ「KR2」について、時間分解赤外分光法を用いて光反応に伴う分子の動きを振動として捉え、Na+輸送の分子構造変化を解明した(ニュースリリース)。
微生物ロドプシンは、光を受けることでイオンを輸送する膜タンパク質で、神経活動を光で制御する「光遺伝学」ツールとして広く利用されている。2013年に神取研究室を中心とする研究グループは、海洋性細菌Krokinobacter eikastusから世界に先駆けて光駆動ナトリウムポンプKR2を発見した。KR2は光をエネルギー源として細胞外へNa+を輸送できることから、既存の塩化物イオンチャネル型抑制ツールとは異なり、細胞内イオン環境に左右されにくい新たな神経抑制法として期待されている。
2015年にはX線結晶構造解析により、KR2の始状態の詳細な立体構造が明らかになり、レチナール近傍にはNa+が存在しない一方、細胞外側のAsp102の近傍にNa+が結合していることが示された。しかし、このNa+は輸送されるものではなく、その役割も不明であった。さらに、光を受けた後にどのように基質となるNa+を取り込み、細胞外へと運ぶのかという分子レベルの仕組みは十分に解明されていなかった。
この研究では、光駆動ナトリウムポンプKR2のナトリウム輸送機構を、古谷研究室が得意とする時間分解赤外分光法によって分子レベルで解析した。その結果、Na+輸送に重要なO中間体がO1とO2の二つの状態から成ることを明らかにした。O1では光受容部位のレチナールが捩じれた13-cis型となり、Na+が112番目のアスパラギン残基と相互作用することで大きな構造変化が起こる。その後、O2ではレチナールの捩じれが緩和したall-trans型へと戻り、Na+が細胞外へ放出される。さらに、輸送されるNa+とは別に、細胞外側で一時的に結合・解離するNa+が放出過程を助ける可能性も示した。これにより、光エネルギーがどのようにイオン輸送へ変換されるのか、その具体的な分子過程を明らかにした。
この研究で明らかになった光駆動ナトリウムポンプKR2の分子機構は、神経細胞の活動を光で制御する「光遺伝学」ツールの高度化に重要な基盤を与える。Na+を細胞外へ輸送するKR2は、既存の塩化物イオンチャネル型抑制ツールと異なり、細胞内の塩化物濃度に左右されにくいという利点がある。今回、Na+結合や放出を支えるアミノ酸残基の役割や構造変化が明らかになったことで、より効率的で安定した抑制ツールの設計が可能になり、神取研究室が開発に成功した、基質をカリウムイオンへと改変した変異体の高性能化にも応用可能。脳機能の解明や神経疾患研究への貢献が期待されるとしている。
今後、この研究で得られた分子機構の知見を基に、より高性能な光遺伝学ツールの開発が進むと期待され、Na+輸送を担う残基の役割や構造変化の理解は、神経細胞の興奮をより精密に抑制できる分子設計につながる。これにより、脳内回路の働きを詳細に解析する基礎研究が一層進展すると考えれる。さらに将来的には、異常な神経興奮が関与するてんかんやパーキンソン病などの神経疾患に対し、光を用いて特定の神経活動を制御する新たな治療戦略へ発展する可能性もあるとしている。






