究極のユーザー目線による装置開発─二光子顕微鏡を組み上げる元臨床研究医

─そうしたモノづくりのバックグラウンドはなんでしょうか
部品取り用の一眼レフカメラ
部品取り用の一眼レフカメラ

僕は中学生の頃,ほとんど学校にも行かずに秋葉原で電気電子の部品を買ってきてパソコンを作ったり,プログラムを書いたりしているような子供でした。そのうち車に乗るようになると,板金や溶接,塗装だけでなく,FRPの加工なんかも自分でやるようになったのですが,その経験が活きています。顕微鏡のレンズは外注しても,レンズを並べて精度を出すのはメカです。つまり,ステッピングモーターやピエゾ,CMOSやCCD,あとはプログラムと電子回路ができればほとんどの製品は造れますよね。

だから僕はレーザーもピエゾも素子で買います。あとは対物レンズだけ買って,顕微鏡自体は買わないんです。CMOSセンサーもそうです。安く,早く作るのが得意で,例えば研究用の500万円のカメラを買うよりも,中古の一眼レフを買って自作します。でもメーカーからしたらどうでしょうね。500万で売れるシステムでも,僕はジャンクを1万円で買ってくるだけですから(笑)。

─そうした部品はどこから入手するのですか?
対物レンズがいくらでも出てくる
対物レンズがいくらでも出てくる

そうですね,少なくともまず定価では買いません。対物レンズだけで1000本近く持っていますが,定価で買ったら何億,何10億円の代物です。入手経路はいろいろあって,メーカーの人がプロトタイプやサンプルを置いていく場合もありますし,ヤフオクでもよく買います。例えば金属加工業者が倒産すると金属顕微鏡が売りに出されて,対物レンズも1本500円とか1000円で売られます。

向こうにしてみたら,高価な対物レンズでも他に売りようがないわけです。そういう意味では安く手に入らないものって少ないでしょうね。僕はレンズに傷がついたら修理するより次買っちゃったほうが早いと思っているくらいですから(笑)。

─最近の開発について教えてください
「止まるカメラ」(右)
「止まるカメラ」(右)

カメラで撮影しにくいものの一つにブレがあります。動物の心臓はけっこう速く動くのですが,もしブレがなければ,生きている心臓が止まって観察できます。金属加工をしている時,ドリルの刃先は高速で回っているから見えませんが,それがピタッと止まって見えれば,刃先がちょっと欠けて当たりが悪くなる様子も分かります。

そこで「止まるカメラ」を作りました。ドリルの回転部分からシグナルをとってCMOSセンサーのトリガーと同期して,多重露光で撮影します。これで撮ると,加工中の刃先も心臓も止まって見えます。これはあるメーカーが製品化に動いていますが,世間ではどんなお客さんが買うんでしょうね(笑)。

ミクロとマクロ両方が見られるモジュール(提供:西村氏)
ミクロとマクロ両方が見られるモジュール(提供:西村氏)

こちらはすごく小さく作ったモジュールです。小さくてもレンズの回折限界となるサブミクロンの解像度と,普段のカメラとして見るような大きなものと,両方撮れるものを作ってみました。センサーでサンプルとの距離を計測して,接近した時の結像と遠くにある結像を写します。

液体レンズで結像をちょっと特殊にして,虚像と実像を切り替えています。1ミリの焦点距離で20倍は撮れますが,後ろ側の組み方を変えると無限遠まで撮れます。それを1個のシステムに圧縮して納めました。医療や製品のチェックに使えるんじゃないかとか,いろいろ意見をもらっています。

他にも高画素,4Kとか8Kとかのセンサーを顕微鏡に実装する研究もしていますし,赤外線センサーも明らかに性能が良くなっているので,InGaAsやもっと波長の長いInSbとかのカメラを使って生体を撮るといったこともやっています。

─実際の装置を見せてください
センサー・レンズの交換が可能な結像顕微鏡
センサー・レンズの交換が可能な結像顕微鏡

これは1光子の結像顕微鏡です。CMOSセンサーとスピニングディスクを使って,動物の体内の事象をリアルタイムで追っかけて撮る装置です。3色のダイオードレーザーを使っていて,動物の動きに合わせてピエゾのアクチュエーターで制御します。

CMOSセンサーはどこの製品でも使えます。対物レンズはレボルバーではなく吊り下げるだけになっています。全てのマウントのアダプターを真鍮で削り出しているので,どんなメーカーのレンズでも特性を試せます。さらに,対物レンズ,結像レンズ,拡大レンズの距離を全部リアルタイムで調節できて収差もその場で合わせられるので,メーカーにテストを依頼されてもこの装置なら簡単に対応できます。

大量のレンズアダプター
大量のレンズアダプター

世間的にはともかく,僕の中では一般的な顕微鏡といえば二光子顕微鏡です。これも全てのレンズを載せられます。自作したポートには, InGaAsセンサー, CMOSセンサー,赤外センサーが付いていて,普通の顕微鏡よりも広い波長領域に対応できます。

納品時の原型をとどめない二光子顕微鏡
納品時の原型をとどめない二光子顕微鏡

その代わりいらないもの,レボルバー機構のような一般的な部品は外しています。生き物を撮影するのに特化した装置なので,それに使う部品だけを集めているんです。自作なら1つのアプリケーションに対してソリューションを1つに絞れるので,いらないものを外してそこに特化できます。汎用性を考えると,サイドポートがいっぱいあって,接眼レンズもないとダメとかいう人もいますが,よく言うように顕微鏡って単なる筒です。対物レンズがあれば,あとはがらんどうでもいいんです。

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