電界処理を用いたガラスへの光情報記録と表面構造化技術

3. ガラス表面への構造形成

前節にて述べたように,本技術で情報を記録したガラスは,一見すると透明であり,通常のガラスと見分けがつかない。この情報が記録されたガラスへと後処理を行うことで,ガラス内の情報を表面構造化することができる。ガラス上に表面構造化した光情報は,屈折,回折,散乱などの光学現象を顕在化し,透明なガラス上に情報を可視化することができる。これまでに,我々はいくつかの表面構造化方法について研究してきた。本稿では,そのうち2つの表面構造化方法を紹介する。

3.1 湿式エッチング法
図3 ガラスに記録された情報の表面構造加法
図3 ガラスに記録された情報の表面構造加法

シンプルな表面構造化法の一つとして,湿式エッチング法がある。本方法では,図3(a)に示すように,光情報が記録されたガラスをアルカリ性の水溶液に浸漬するのみで,ガラス内の情報を表面構造化することができる。ガラスはアルカリにより徐々に溶解していく特性があるが,ガラスに記録された光情報,すなわちアルカリ欠乏領域は,元のガラスに比べてよりアルカリに溶解しやい。したがって,エッチングに異方性が生じ,ガラス内に記録されていた光情報にあわせてガラスが表面から溶解し,結果として,記録されていた情報にあわせた表面構造を形成できる。エッチングレートは,アルカリ性水溶液の濃度や温度に大きく依存することが分かっている。

3.2 選択堆積法

本方法では,光情報が記録されたガラスに対し,再度コロナ放電処理を実施することで,ガラス上に表面構造を形成する4, 5)図3(b)に本手法の模式図を示す。ガラスへの光情報記録時に用いた電界処理とは異なり,加熱した大気雰囲気に揮発させた環状シロキサンをわずかに混入する。電極先端周囲に発生するプラズマにより,環状シロキサンが分解され,荷電したSiO2としてガラス表面に向けて飛来する。この時,ガラス内に記録されている光情報にあわせて選択的に飛来し,堆積していく。結果として,記録されていた情報にあわせたSiO2の表面構造がガラス上に形成される。

堆積に選択性が生じる原因としては,ガラス内に記録された光情報,すなわちアルカリ欠乏領域の伝導度が変化していることが原因と考えられる。ガラスは一般的に絶縁性の材料として知られているが,不純物を含むガラスでは,印加電圧に対してわずかに電流が流れる。ソーダライムガラスの場合,主にガラス内のアルカリ金属イオンが電流キャリアの役割を果たす。このことから,アルカリ金属イオンが欠乏した領域では伝導度が低下することが分かる。我々が行ったイオン伝導度計測では,ソーダライムガラス内のアルカリ金属イオン欠乏領域では,元の伝導度に比べて103もの低下が見積もられた。したがって,堆積処理時,荷電したSiO2は,ガラス表面の伝導度の高い領域,つまりアルカリ金属が残っている領域に向けて選択的に飛来したと考えられる。

4. 事例紹介

図4 光情報を「見えないように」記録した(a)ガラスの写真,(b)記録部分の高さ像と同じ位置の(c)反射像
図4 光情報を「見えないように」記録した(a)ガラスの写真,(b)記録部分の高さ像と同じ位置の(c)反射像

これまでに述べてきた,電界処理を用いたガラス内への光情報記録から,ガラス表面への構造形成による可視化まで,以下に実験事例を紹介する。

波長532 nmの一般的なDPSS(diode-pumped solid-state laser)レーザーを用いた2光束干渉露光により形成された単純なホログラフィック回折格子を構造テンプレートとして用い,電界処理によりガラスへと転写記録した例を図4に示す。図4(a)は光情報が記録されたガラスの写真である。一見,普通の透明なガラスに見えるが,ガラス内には回折格子の情報が記録されている。共焦点レーザー顕微鏡(λ:408 nm)により光情報が記録された領域表面の高さ像と反射像を計測した結果が,それぞれ図4(b),(c)となる。表面形状の高さについてはほぼ均一となっているが,反射像において,構造テンプレートとして用いたホログラフィック回折格子と同周期のコントラストが見られる。

図5 湿式エッチング法によりガラス上に「可視化」した(a)イメージホログラムとその(b)表面形状,(c)フーリエ変換ホログラムとその(d)再生像
図5 湿式エッチング法によりガラス上に「可視化」した(a)イメージホログラムとその(b)表面形状,(c)フーリエ変換ホログラムとその(d)再生像

これは,光情報がガラス内のアルカリ欠乏領域として記録されることで,部分的にガラスの屈折率が低下することで反射率もわずかに低下し,周期的な反射率分布が形成されていることを示す。

ガラスへと記録する光情報をホログラムとし,水酸化カリウム水溶液に浸漬することで表面構造化した例を図5に示す。イメージホログラムを記録したガラスでは,ホログラムが表面構造化し,ガラスからの回折光を直接見ることができる(図5(a),(b))。また,フーリエ変換ホログラムとして,光情報を一点に記録したガラスでは,再生用のレーザー光がホログラムに当たった時のみ,ガラスに記録された情報がイメージとして再生される。記録イメージとしてQRコードを用いた例では,ガラスから再生されたホログラムをスマートフォンで読み取ることができた(図5(c),(d))。

図6 選択堆積法によりガラス上に「可視化」した周期(a)125 μmと(b)1 μmのSiO2の2次元アレイ構造
図6 選択堆積法によりガラス上に「可視化」した周期(a)125 μmと(b)1 μmのSiO2の2次元アレイ構造

また,選択堆積法により表面構造化を実施した2種類の例を図6に示す。どちらも2次元の周期構造を表面構造化した例であり,周期125 μmの荒い周期構造でも,周期1 μmの微細な周期構造でも,SiO2が選択的にガラス上に堆積し,透明な表面構造をガラス上に形成している(図6(a),(b))。

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