有機薄膜光集積回路

5. 有機薄膜光集積回路における伝送路と入出力カプラの作製および評価

本節では,有機薄膜回路において最も基本的な構成要素である,光伝送路と入出力カプラをモノリシック集積した素子について,実際に作製および評価を行う。

図10 (a)試作した素子の外観 (b)光伝送路と入出力カプラで構成された素子の光学顕微鏡画像 (c)伝送路の長さを変化させたときの素子の伝搬特性
図10 (a)試作した素子の外観 (b)光伝送路と入出力カプラで構成された素子の光学顕微鏡画像 (c)伝送路の長さを変化させたときの素子の伝搬特性

図10(a)に作製した素子概要を示す。本素子において,コア材料とクラッド材料は各々PMMAとサイトップを用いており,伝送路と入出力カプラの構造パラメータについては,それぞれ4.1節および4.2節の解析結果にもとづいて決定した。作製プロセスについては以下のとおりである(3節で述べたプロセスフローをベースとしているので,併せて参照のこと)。

まず,InP基板上に剥離用ポリイミドとしてECRIOS®(~3μm)を形成し,その上にサイトップ(~3μm)を塗布,熱処理による硬化を行った。次に,電子ビーム露光およびリフトオフを用いて,入出力カプラ用の金属グレーティングを作製した。その後,基板表面にPMMA(~1μm)を塗布し,電子ビーム露光により導波路構造を形成した後,上部クラッド用のサイトップを塗布・硬化することで素子を作製した。支持基板からのフィルム剥離については,InP基板を裏面から劈開することで行った。

図10(b)に作製した素子の光学顕微鏡画像を示す。厚さ10μm程度の有機薄膜フィルム内に,光集積回路の基本構成である伝送路と入出力カプラが一括集積されている。図10(b)の素子を用いて,波長1550 nmの入射光に対する伝搬特性を評価した結果を図10(c)に示す。本素子では,伝送路の長さを2 mmから8 mmまで変化させており,それらの伝搬特性を比較することで,伝送路自体の伝搬損失と入出力カプラ(金属グレーティングとテーパ)の結合損失を見積もった。

図10(c)の近似直線の傾きおよび切片から,伝送路の伝搬損失は1.4 dB/cm,入出力カプラの結合損失は約27 dB/couplerと見積もられた。入出力カプラの結合損失については,現時点では非常に大きいが,グレーティング構造および作製プロセスの最適化を行うことで,理論値の7.5 dB/couplerまで近づけることが出来ると考えている。

6. まとめ

本稿で提案している有機薄膜光集積回路の特長は,「フレキシブルである(膜厚数10μm)」という一点に尽きる。これは単純なようでいて,光集積回路の活躍の場を広げることに大きく寄与し,従来の用途である光通信はもちろんのこと,医療・ヘルスケア・環境・センシングなど,様々な分野への応用が期待される。

有機薄膜光集積回路は,従来の光集積回路の延長上にあるものの,技術面においては一線を画している。そのため本稿では,機能化・集積化の技術(2,3節),各素子の理論限界(4節),基本素子の作製および評価(5節)などをとおして,その技術を通観してきたが,著者らの意図を多少なりともお伝えできたとすれば幸いである。本稿で紹介した素子については実用化レベルにはまだ程遠いが,より汎用性のある作製プロセスなどをとおして,十分な性能が得られるようになる日が来ることを期待したい。

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