単層カーボンナノチューブ光アイソレーターの研究開発

1. はじめに

光アイソレーターとは,光を一方向のみに透過させ,逆方向の光を遮断する光学素子である。一般的に,反射による逆方向の伝搬光は,フォトニックデバイスの性能を大きく損なう要因となる。現在販売されている光アイソレーターは,ファラデー効果を利用しており,光の進行方向に磁場を印加し,偏光面を変化させることで光を一方向のみに透過させる。これには,磁場や複数の光学素子が必要であり,デバイスのサイズは数cm以上となる。小型光アイソレーターが実現すれば,光論理回路への容易な実装が可能となり,通信技術のさらなる発展に大きく貢献すると期待される。

2. 従来技術と課題

2.1 ファラデー効果を利用したアイソレーター

現在一般に販売されている光アイソレーターは,ファラデー効果を利用しており,磁場と複数の光学素子の組み合わせが必要となるため,小型化には限界がある。図1に,ファラデー効果を用いた従来の光アイソレーターの原理を示す。この光アイソレーターは,「透過軸が45°傾いた2つの偏光子」と,その間に「ファラデー回転角が45°のファラデーローテーター」を配置した構造を持つ。ファラデー効果とは,磁性体に磁場を加えた際に,その磁場方向に平行な入射光の偏光面が回転する現象である。図1のように,ファラデーローテーターに磁場を印加すると,順方向と逆方向で偏光面の回転方向が逆になる。順方向では,入力光が偏光子Aにより直線偏光となり,ファラデーローテーターで+45°回転し,45°傾けた偏光子Bを透過する。一方,逆方向では–45°の偏光回転が生じ,偏光子Aと直交するため,透過光の大部分が遮断される。このような従来の光アイソレーターは,小型化の限界に達しており,ナノフォトニックデバイスや光集積回路に組み込むことが困難である。この課題を解決するため,新たな原理に基づく小型光アイソレーターの開発が求められている。

図1 ファラデー効果を利用した従来の光アイソレータの原理図。
図1 ファラデー効果を利用した従来の光アイソレータの原理図。
2.2 円偏光と選択励起

光ナノファイバー(ONF:Optical Nanofiber)に光を通すと,その表面に円偏光した光が漏れ出すことが知られている1)図2に示すように,ONFに通す光の方向により,円偏光の方向を反時計回り円偏光σ+時計回り円偏光σ–に切り替えることが可能である。さらに,ONF上に冷却原子を付着させることで,円偏光と冷却原子の相互作用を利用できる。具体的には,σ+の場合には基底状態|g〉から励起状態|e+1〉に遷移し,σ–の場合には|g〉から|e–1〉に遷移する。このように,円偏光の方向に応じて異なる励起状態が選択的に生成されるため,光の進行方向に依存した透過制御が実現される。この原理に基づく光アイソレーターの小型化が,理論的および実験的に示されている2)

図2 ONF上に付着した冷却原子と円偏向との相互作用のイメージ。
図2 ONF上に付着した冷却原子と円偏向との相互作用のイメージ。
2.3 単層カーボンナノチューブ

単層カーボンナノチューブ(SWCNT:Single-Walled Carbon Nanotube)の直径はおおよそ1 nmであり,その巻き方によってカイラリティ(n, m)が定まり,金属的または半導体的な性質を示す。(n, m)SWCNTは円偏光を吸収する際,σ+σ–に対して吸光度に差が生じることが知られており,この現象はSWCNTの円二色性(CD:Circular Dichroism)と呼ばれる3)。さらに,カイラリティごとに吸収波長が異なることも報告されている。加えて,片浦弘道らの研究により,SWCNTをその直径および巻き方(異性体)ごとに選択的に分離・回収する技術が確立されている4)

2.4 課題

ファラデー効果を利用した光アイソレーターでは,磁場や複数の光学素子を組み合わせる必要があるため,小型化には限界がある。冷却原子を利用した手法は,小型光アイソレーターの可能性を示しているものの,冷却のための大規模な装置が必要となるという課題がある。現在,超微弱光レベルでも高い光分離性能と低損失を両立するナノフォトニック光アイソレーターの実現は,依然として未解決の課題である。

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