東北大など、光で湿度を測る新材料を開発

東北大学、大阪大学、岡山理科大学は、モリブデン酸イッテルビウム(Yb2(MoO4)3)にエルビウムイオン(Er3+)を添加した蛍光材料を合成し、この材料の結晶格子中の空洞が水分子を可逆的に吸脱着する性質を利用して、光学式湿度センサーとして機能することを実証した(ニュースリリース)。

湿度はあらゆる場面で精密な管理が求められる。半導体・電子部品の製造工程では、静電気や結露を防ぐため湿度を数%RH単位で制御する必要があり、精密な空調管理が欠かせない。現在、電気抵抗式センサーや静電容量式センサーでが主流だが、金属配線が大量に集積する環境では電磁ノイズの影響を受けやすく、また電気回路を内蔵するため引火性物質が存在するガス環境への設置が難しいという根本的な制約がある。さらに、センサー素子と検出回路が物理的に接続されているため、狭小空間や遠隔地での計測には不向き。

こうした課題を解決する手段として、蛍光を利用した光学式センサーが注目されている。蛍光体を用いた蛍光センサーは電気配線を必要とせず、光ファイバーを使った遠隔非接触計測が容易。電磁ノイズや電気的短絡の心配がなく、引火性・爆発性雰囲気でも使用できる。また、光の速さで応答するため計測速度が速く、肉眼で光の変化を確認できるという直観的な分かりやすさも利点の一つとなっている。

蛍光センサーの中でも、近赤外線(NIR)を照射すると高エネルギーの可視光を発するアップコンバージョン発光を示す希土類(ランタノイド)含有蛍光体は特に有望。励起光として使う近赤外線は生体組織への影響が少なく、自然光や室内照明との混在(バックグラウンド蛍光)を回避しやすいという特長がある。イッテルビウム(Yb)とエルビウム(Er)を組み合わせた蛍光体は代表的なアップコンバージョン材料であり、可視域(緑・赤)と近赤外域(NIR)の複数波長で蛍光を示す。

しかし、従来の研究ではアップコンバージョン材料が水分子と接触すると蛍光強度が著しく低下する消光現象が知られており、これはセンサーや照明素子への応用を妨げるデメリットとして広く認識されていた。水分子のO-H結合の振動エネルギー(約3300~3600 cm−1)が蛍光体の発光準位に非放射失活を引き起こすためである。この消光現象を積極的にセンシングシグナルとして活用するという発想はこれまで十分に検討されていなかった。

今回の研究では、希土類モリブデン酸塩の一つであるYb2(MoO4)3(YbMO モリブデン酸イッテルビウム)に着目しました。この材料はYbO6八面体とMoO4四面体が三次元的に頂点共有した骨格を形成する。この骨格構造には水分子を収容できる格子空洞が存在し、大気中の湿度に応じて可逆的に水和・脱水和する性質(吸湿性)があることが確認されている。また、Yb3+の含有量が多いほどエネルギー移動が促進され、水分子への非放射失活が起こりやすくなると予想されることから、湿度センサーとして高感度化に有利と考えられた。

(図)Yb2(MoO4)3の結晶構造モデル。YbO6八面体とMoO4四面体が三次元的に連結した骨格と、水分子を収容できる格子空洞を示す。結晶構造はVESTAプログラムにより描画した。

研究グループは、この材料に微量のEr3+を添加したYbMO:Er3+蛍光体を、水熱合成法により合成した。まずYb(NO3)3とEr(NO3)3水溶液にモリブデン酸アンモニウムを加え、密閉オートクレーブ中200°C、24時間の水熱反応により前駆体を得た後、800℃で焼成して目的の結晶相を得た。Er3+の添加量を0〜1.0 mol%の範囲で系統的に変えて試料を作製し、最適組成としてYbMO:0.4Er(Er添加量0.4 mol%)を特定した。

粉末X線回折(XRD)測定により、作製した全サンプルが目的の結晶相に帰属されることを確認した。大気中での測定では水和相のピークも観測され、熱重量・示差熱分析(TG-DTA)から加熱により2.2分子相当の約4.6 wt%の重量減少が確認され、常温での水和相の形成が直接的に裏付けられた。ラマン分光測定からは948 cm−1にMo-O伸縮振動ピークが確認され、この低いフォノンエネルギーが高い発光効率を支えていることが示された。

光学特性として、980 nmレーザー照射時に可視域(緑色:526/550nm、赤色:660nm)のアップコンバージョン発光(UCL)と近赤外域(1535nm)のダウンシフト発光(DSL)が同時に観測された。ガスフローチャンバー内で温度25°C、大気圧に制御しながら、乾燥空気(0% RH)から90% RH空気への段階的な湿度変化を与え、発光スペクトルの時間変化を系統的に測定した。湿度を上昇させると、緑色UCL強度(526nm)は乾燥時の約30%まで低下した。赤色UCL(660 nm)や近赤外DSL(1535 nm)も同様の傾向を示したが、強度変化の割合は波長によって異なる。乾燥空気に戻すと発光強度は元の値に回復し、3サイクルの繰り返し試験でも95%以上の再現性を確認した。この可逆性は実用センサーとして極めて重要な特性である。

(図)Yb2(MoO4)3:Er蛍光体の湿度変化(乾燥空気-90% RH)に応じたデュアルモードセンシング特性:UCLスペクトルおよび蛍光強度の経時変化(a,b)と発光寿命の変化と経時変化(c,d)。湿潤空気により発光が弱まり・短寿命化する様子と、乾燥時の回復を示す。

定常状態における湿度−発光強度の関係をラングミュア-ヒンシェルウッド(LH)型吸着モデルでフィッティングしたところ良好な一致が得られ、発光変化が結晶表面への水分子の単分子層吸着によって支配されていることが示されました。湿度計測の絶対感度(Sa)は低湿度域ほど高く、相対湿度0%付近では最大値を示した。

発光強度に加えて、発光寿命の湿度依存性も詳しく調べた。980nmパルスレーザーで励起し、緑色UCL(526 nm近傍)の発光減衰曲線を測定したところ、乾燥時の発光寿命は約50マイクロ秒だったが、90% RHの湿潤空気を導入すると約40マイクロ秒に短縮されることがわかった。この変化はパルスごとに自動収録するシステムで時間分解的に追跡され、吸着開始から約20分で寿命が定常値に到達することが確認された。さらに、定常状態での発光寿命と相対湿度の関係は0〜90%RHの範囲で線形性を示し、検量線として利用しやすい理想的な特性が得られた。相対感度は0% RH付近で0.92% (%RH)−1に達し、寿命モードも繰り返し精度95%以上を示した。

 発光強度は計測が容易で応答速度が速い一方、励起光強度の揺らぎや温度変化など外部要因の影響を受けやすいという弱点がある。これに対して発光寿命は励起光強度の影響を受けず、温度が一定であれば非常に安定した計測が可能。しかし寿命測定にはパルス光源や時間分解検出器が必要で、装置の複雑さと測定速度の面では強度測定に劣る。

この研究で、両者を組み合わせたデュアルモード検出を実現することで、計測環境の制約に応じて最適な指標を選択・切り替えられる柔軟性を持たせた。たとえば、励起光の強度変動が問題になる場合は寿命モードを、高速応答が求められる場合は強度モードを利用するといった使い分けが可能。また2つの独立した指標で同時に湿度を推定することで相互検証ができ、異常値の検出にも役立つ。このデュアルモード機能は、センサーとしての実用性と信頼性を大きく高める独自の特長となる。

今回実証したデュアルモード光学湿度センサーは、電気式センサーの適用が困難だった多くの現場への展開が期待される。具体的には、半導体・液晶製造装置の内部など電磁ノイズが支配的な環境、医薬品製造のクリーンルームや食品工場の低温倉庫などでの高精度湿度管理、化学プラントや水素製造設備など引火性ガスが存在する環境、光ファイバーを使ったビルや橋梁などのインフラ構造物の遠隔湿度モニタリング、などが想定される。材料実装の面では、粉末サンプルからセンサーデバイスとして使いやすい薄膜・ファイバー・ペレット形状への成形加工の最適化を進める予定だという。また検出限界(最小検出湿度)と応答速度のさらなる向上、および温度補正手法の開発も重要な課題となっている。

学術的には、材料が本来持つ欠点(水分子による発光消光)をセンシング機能に転換するという今回の研究のコンセプトは、湿度以外の環境センサーへも応用できる普遍的な設計指針を提供するという。たとえば同類のA2(MoO4)3系材料を活用した温度センサーやガスセンサー、あるいは異なる材料系への展開も研究グループでは検討しており、複数の環境パラメーターを1つのデバイスで同時計測するマルチモーダルセンサーの開発を目指していくとしている。

キーワード:

関連記事

  • 関西医科大、細胞にかかる「力」を色で可視化する新しい蛍光張力センサーを開発

    関西医科大学の研究グループは、細胞にかかる目に見えない「力」を、「色」の変化としてひと目で分かるようにする新しいセンサーを開発した(ニュースリリース)。 人間の身体を作る細胞は、心臓の拍動や消化管の運動など、常にさまざま…

    2026.03.13
  • 阪大など、動的な細胞接触を捉える蛍光センサーを開発

    大阪大学と三重大学は、細胞同士のダイナミックな接触をリアルタイムで可視化する新しい蛍光センサー「Gachapin」および「Gachapin-C」を開発した(ニュースリリース)。 多細胞生物において、細胞同士の接触は情報の…

    2026.02.12
  • 金沢大ら、細胞内のATP濃度を決定できる蛍光寿命型センサーを開発

    金沢大学と東京科学大学は、ATP(アデノシン三リン酸)濃度を蛍光寿命という蛍光タンパク質の光学的特性に変換して測定できる、新しい蛍光センサーを開発した(ニュースリリース)。 私たちの体を構成する最小単位細胞では、さまざま…

    2025.11.28
  • 京大,動物脳内で蛍光センサーを合成する手法を開発

    京都大学の研究グループは,生きた動物脳内の特定受容体上で蛍光センサー分子を化学合成する新規手法を開発した(ニュースリリース)。 以前の遺伝子操作を伴わずに動物脳内の天然に存在する受容体を化学修飾する,脳内リガンド指向性化…

    2025.06.03
  • 東大,カリウムイオンが赤く光る蛍光センサーを開発

    東京大学の研究グループは,生体内で重要な役割を担うカリウムイオンに対する高性能な蛍光センサーを開発した(ニュースリリース)。 カリウムイオン(K+)は細胞内で最も豊富に存在する金属イオンであり,神経細胞の活動や筋肉の収縮…

    2024.12.02

新着ニュース

人気記事

編集部おすすめ

  • オプトキャリア