大阪大学の研究グループは、お椀型分子骨格をもつ新しい近赤外発光分子を開発し、非極性溶媒中で66%を超える高い量子収率を得ることに成功た(ニュースリリース)。
約700nm以上の波長を持つ近赤外光は、生体を透過しやすく、背景ノイズが少ないという特長をもつことから、医療イメージングや光電子デバイスなど幅広い分野で注目されている。そのため、近赤外光を効率よく発する有機分子材料の開発は、材料化学における重要な研究課題の一つとなっている。これまで近赤外発光材料の多くは、平面状の芳香族分子を基本骨格として設計されてきた。
しかし、こうした分子は分子同士が強く引き寄せ合ってしまい、光る前に発光するためのエネルギーを失う「消光」が起こりやすいという問題を抱えている。特に溶液中では、分子の運動が自由になるため、高効率な近赤外発光を維持することが難しいとされてきた。一方で、分子骨格をあえて平面から外し、曲がった形にすることで、従来とは異なる電子状態や光物性が生まれる可能性が近年注目されている。ところが、このような非平面分子を用いて、近赤外領域で高効率な発光を実現した例は限られており、その発光メカニズムも十分には理解されていなかった。
研究グループでは、これまで研究を進めてきた、お椀型構造をもつ分子「トリオキソスマネン(TOS)」に着目した。TOSは、分子全体が曲がった独特の形状を持ち、電子を受け取りやすいことが知られている。研究グループは、このTOSを電子受容体とし、電子を与えやすい分子であるトリフェニルアミン(TPA)を組み合わせた新しい分子(TPA-TOS)を設計・合成した。

創製した分子を用いて光物性測定を行なったところ、極性の高い溶媒中では、紫外領域に弱い発光を示すのみだったが、非極性溶媒中では、650~850nmにわたる強い近赤外発光を示し、その発光効率(量子収率)は66%を超えることが明らかになり、溶媒の性質によって発光挙動が大きく変化することが分かった。
さらに、時間分解分光や電子スピン共鳴測定などの解析の結果、この高効率発光は、分子内で電荷が移動した状態(電荷移動状態)を経由しながら、熱によって再び蛍光を放つ現象(熱活性化遅延蛍光)と、室温りん光とが同時に関与する複雑な励起状態ダイナミクスによって生じていることが分かった。また、分子内部で電荷が分離した状態(電荷分離状態)が比較的長時間、安定に存在することも確認され、曲がった分子骨格がこれらの特異な挙動に重要な役割を果たしていると考えられる。
この研究成果は、「曲がった分子構造」を積極的に活用することで、溶液中でも高効率な近赤外発光を実現できることを示した点に大きな意義がある。これは、従来の近赤外発光材料の設計に対して、分子の「平面性」に依存しない新たな設計指針を提示するもの。将来的には、この研究で得られた知見を基に、生体の深部を可視化できる医療用蛍光プローブや、省エネルギーで高性能な光電子デバイスなどへの応用が期待される。また、分子の形状と励起状態の関係を理解することで、これまでにない機能をもつ有機材料の創出につながる可能性があり、基礎科学と応用研究の両面から重要な成果であるといえる。






