京都大学の研究グループは,強磁性体におけるスピン(磁化)歳差運動の情報を,テラヘルツ(THz)光の偏光回転として直接読み出すことに成功した(ニュースリリース)。
近年,情報処理技術の高速化と省電力化を目指し,電子のスピン自由度を活用する「スピントロニクス」が注目されている。特に,磁性体におけるスピン歳差運動を利用したデータ処理は,電荷ベースの従来技術に比べて省エネルギー性に優れ,次世代情報デバイスへの応用が期待されている。一方,テラヘルツ波帯の電磁波は,可視光よりも波長が長く,半導体材料を透過できるなどの特性を持ち,THzエレクトロニクスとしての応用が進展している。
これらの技術の融合は,超高速かつ低消費電力な情報処理の実現に向けた重要な研究課題であり,近年関心が高まっている。従来,スピン歳差運動の検出には磁気光学効果やTHz光放射の観測が用いられてきたが,THz光を用いた新たな検出・制御手法の開発が,今後の技術革新に向けた鍵となると考えられている。
この研究では,コバルト(Co)とプラチナ(Pt)から成る強磁性体Co‒Pt多層膜構造を用いて,スピン歳差運動(マグノン)の情報をテラヘルツ光の偏光回転として読み出す新たな手法を実証した。フェムト秒パルスレーザーよる光励起とTHzファラデー回転測定を組み合わせることで,磁化の超高速ダイナミクスが異常ホール伝導度に与える影響を時間分解で評価した。
図1(A)は,強磁性体における異常ホール効果とTHz偏光回転の関係を示している。異常ホール効果は,磁性体内部の磁化ベクトル(M)の大きさと向きに比例して,電流が磁化方向に対して垂直方向に偏向する現象。これは,電子のスピンと軌道運動の相互作用により,スピンの向きに応じて伝導電子が異なる方向に散乱されることで生じる。
図中では,上向きスピン(↑)と下向きスピン(↓)の電子がそれぞれ異なる方向に電流を流す様子が描かれており,スピンの向きに応じてy軸方向の電流が反転することを示している。また,図1(B)には,SiO₂基板上に成膜されたCo‒Pt多層膜試料の構造が示されている。光励起によって試料中に誘起されたスピン歳差運動により,磁化ベクトルが時間的に変化することで,異常ホール効果によるy軸方向の電流も時間的に変調される。
この電流変調がTHz光の偏光回転として検出され,スピン状態の読み出しが可能となる。図2(A)では,光励起パルスとTHz光パルスの時間遅延に対するTHz偏光成分の応答を示しており,y軸方向に射影されたTHzピーク振幅の変化から,スピン歳差運動に伴う振動成分を確認した。さらに図2(B)では,外部磁場の強度に応じてスピン歳差運動の周波数が変化し,最大約100GHzに達することを観測しました。この結果は,強磁性共鳴モデル(強磁性体の磁化が外部磁場下で歳差運動し,特定の周波数でマイクロ波と共鳴する現象)と一致しており,観測された偏光変調がスピン歳差運動に起因することを示している。
この研究で示されたTHz帯によるスピン情報の読み出し手法は,スピン状態の時間変化を光学的に検出する新たなアプローチとして,今後のスピントロニクス研究への貢献が期待されるという。また,THz偏光計測の時間分解能や空間分解能のさらなる向上により,スピン検出や光‒スピン変換に関する応用可能性の評価を進めていくとしている。

