京都⼤学の研究グループは,水素結合ネットワークを有する有機薄膜トランジスタを,溶液塗布プロセスを通じて開発することに成功した(ニュースリリース)。
これまで有機半導体として機能する多様な有機分⼦が開発されており,主にπ共役コア間の相互作⽤やアルキル鎖間相互作⽤などのファンデルワールス⼒を駆動⼒とした結晶性の半導体薄膜が実現されてきた。
⼀⽅で,超分⼦化学において積極的に活⽤される⽔素結合は,ファンデルワールス⼒よりも強く指向性にも優れることから,より精密な構造制御が可能だが,有機溶媒への溶解性が著しく低下し,塗布法での半導体薄膜の作製が困難になるほか,電荷輸送経路を担うπ共役系有機分⼦の積層構造に悪影響を及ぼす可能性もあった。
研究では,溶解性に優れる熱前駆体を⽤いた薄膜作製法(熱前駆体法)を取り⼊れることで、剛直かつ広いπ共役系をもつテトラベンゾポルフィリン(BP)にアミド基とアルキル鎖を導⼊した難溶性化合物を有機薄膜トランジスタへ応⽤することに成功した。
具体的には,かさ⾼い置換基を有するBPの可溶性前駆体を合成し,そのクロロホルム溶液を基板上にドロップキャストして乾燥することで,簡便に前駆体薄膜を作製した。さらに,この前駆体薄膜を加熱することで多結晶性のBP薄膜へと熱変換され,⾦電極を蒸着することでトランジスタ素⼦を作製した。
単結晶とは異なり,多結晶性薄膜では電荷輸送を阻害する結晶境界が多数存在するため,電荷移動度の⼤幅な低下が懸念されていた。しかし,実際にはアモルファスシリコンに匹敵するホール移動度(約0.25cm2V-1s-1)を⽰すことが明らかになった。これは,結晶境界において⽔素結合ネットワークが「のり」のような役割を果たし,連続的な電荷輸送経路の確保に寄与したためと考察されるという。
さらに,この⽔素結合ネットワークにより,トランジスタ素⼦は空気中250℃での加熱後も,デバイス性能を維持する⾼い熱耐久性を⽰すことを実証した。また,X線構造解析および多⾓⼊射分解分光法を⽤いることで,BP薄膜内での分⼦配向および分⼦間相互作⽤を詳細に解明した。
⽔素結合によってBP分⼦がねじれて積層した「ツイスト構造」を取り,それが2次元⽅向に集積していることが明らかとなった。この特異な集合構造が,⽐較的⾼いホール移動度の実現に寄与したと考えられるという。
この研究は,ファンデルワールス⼒よりも強い⽔素結合が⽀配的に働くことによって集合構造を誘導できたことから,今後の有機半導体材料設計における構造制御の有⼒な指針になるとしている。