熊本大学の研究グループは,深層学習による顕微鏡画像の画質復元技術を活用して,植物細胞の分裂における初期の細胞板形成過程を可視化し,アクチン繊維の新たな局在パターンを明らかにした(ニュースリリース)。
細胞内の繊細な構造を観察するには,顕微鏡を使って鮮明な画像を撮影する必要があるが,強い光を長時間当てることで細胞が傷んでしまう「光毒性」や「退色」という問題がある。そのため,できるだけ弱い光で撮影する必要があるが,そのぶん画像が暗くなり,微細な構造が見えにくくなるというジレンマがあった。
研究グループは,この課題を解決するために,深層学習を用いた顕微鏡画像の復元技術を導入した。具体的には,短時間の露光で取得した暗くてノイズの多い画像から,長時間露光で得られるような明瞭な画像を再現する画質復元モデルを構築した。これにより,細胞へのダメージを最小限に抑えながら,生きたままの細胞内でのアクチン繊維の動きを連続的かつ高精度に観察することを可能にした。
復元された細胞の立体画像の動画を研究グループが注意深く観察した結果,細胞分裂のごく初期段階でアクチン繊維が細胞板の形成位置に集まる特徴的な局在パターンを見出した。これは従来の観察手法ではノイズに埋もれて捉えることが難しかった微細な変化だという。
復元画像で見出されたアクチン繊維の局在パターンについては,深層学習による画像処理の結果として生じたアーティファクト(人工的な像)である可能性を排除するため,複数の検証を行なった。
まず,復元処理を施さない画像についても,細胞板の形成初期を狙って高感度・長時間露光で直接観察を行なった結果,同様のアクチン局在を確認した。また,アクチン重合を阻害する薬剤を用いた処理により,この局在シグナルが消失することも確認した。これらの結果は,復元画像で観察された構造が実際のアクチン繊維に由来するものである可能性を支持するものだという。
研究グループは,,研究で用いた顕微鏡画像の復元技術は,専門家による観察の補助として有効であり,そこから得られた知見については従来の実験手法による裏付けが行なわれていることが,この研究の技術的な信頼性を担保する一要素だとしている。