金並みの導電性と赤外透明性を有する高耐久酸化物薄膜

5. CoO2終端面の大きな仕事関数と界面機能

金属性デラフォサイトのもう一つの大きな特徴は,表面終端や界面構造によって仕事関数が大きく変化する点である3, 24)。PdCoO2では,Pd+層と[CoO2層が交互に積層しているため,c面は表面に分極を持つ。表面分極は静電的に不安定であり,表面近傍で電荷再分配や電子状態の変化が起こる。

Pd終端面の仕事関数は約4.7 eVであるのに対し,CoO2終端面では7.8 eVにも達する巨大仕事関数が報告されている24)。一般的な金属電極の仕事関数はおおむね4〜5.7 eV程度であり,7 eVを超える値は非常に大きい。高仕事関数電極は,例えば,有機EL,太陽電池,パワーデバイスなどのワイドギャップ半導体素子で重要である。特にホール注入電極,高障壁ショットキー電極としての利用が考えられる。

従来,高仕事関数を得るためには,表面処理,酸化物挿入層,自己組織化単分子膜などが用いられる。しかし,熱安定性,長期信頼性,界面反応,導電性の点で制約を受ける場合がある。PdCoO2のような金属性酸化物では,材料そのものが高導電性と高仕事関数の両方を持ちうるため,より単純で安定な電極構造を実現できる可能性がある。

実際,筆者らは,ワイドギャップ半導体β–Ga2O3上にPdCoO2やPdCrO2を積層したヘテロ構造を作製し,約1.8 eVという大きなショットキー障壁高さを得た19, 25〜27)。これは,単体金属とβ–Ga2O3の接合で得られる典型的な値よりかなり大きく,PdCoO2のCoO2終端面やPdCrO2のCrO2終端面の大きな仕事関数が界面で有効に働いていると考えられる。

この結果は,金属性デラフォサイトを単なる電極材料ではなく,界面電位を設計するための挿入層としても利用できる可能性を示している25)。Ga2O3,AlN,GaN,SiC,ダイヤモンドなどのワイドギャップ半導体では,金属/半導体界面がデバイス特性を大きく左右する。金属性デラフォサイトは,高耐圧・低リーク・高温動作が求められるパワーデバイスや,透明電極付き光半導体素子において,界面設計の自由度を上げる可能性がある7)

6. 高耐久性と産業応用

光・電子デバイスへ応用する上で,材料の耐久性は極めて重要である。実験室レベルで優れた初期特性が得られても,高温高湿,酸化雰囲気,通電ストレス,光照射,熱サイクルによって劣化すれば,実用材料としては問題になりうる。

PdCoO2は酸化物であり,大気中で高温まで安定である。層状構造を持つものの,グラファイトや遷移金属カルコゲナイドのようなファンデルワールス結合性の層状物質とは異なり,層間には強固なイオン結合が働いている。このため,機械的・化学的に比較的堅牢で,容易には剥離しない14)。過酷な環境での使用に有利と思われる。

金属性デラフォサイトのユニークな特徴は,様々な用途に利用できる可能性がある。例えば,近赤外光学部品やセンサーでは,光路上の電極・配線による吸収を抑えながら導電性を確保する必要がある。ワイドギャップ半導体や光半導体素子では,電極界面がしばしばデバイス特性や信頼性を左右する。金属性デラフォサイトは,近赤外透明電極,高仕事関数電極,コンタクト層,界面層として,既存材料では両立が難しい低抵抗・透明性・耐久性・界面機能を補う材料候補になり得る。さらに,実用基板上で安定に成長できれば,これらの機能をあらかじめ備えた金属性デラフォサイト薄膜付きのウエハが作製できる。

今後の課題として,成膜温度の低減,適合する基板種の拡大,微細加工法の開発,量産装置への展開などが挙げられる。金属性デラフォサイトはPdやPtを含むが,薄膜用途では必要な貴金属量はごくわずかである。したがって,多くの場合,原料自体のコストは大きな問題にはならないと思われる。

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