放射光顕微メスバウアー分光装置の開発

5. 終わりに

本稿で紹介した手法は,ピンポイントで化学相の定量分析が可能である点に大きな特徴がある。そのため,腐食した材料や溶接部など,局所的な化学状態の評価が求められる対象に対して,極めて有効な分析手法であると考えられる。

特に,鋼材の微小領域における分析が必要とされる構造材料の研究分野においては,本手法の適用が強く期待される。実際に,本稿で紹介したように,腐食の進行状況の評価や,レーザーピーニングのような局所加工が施された材料の改質状態の解析において,本顕微鏡を用いたメスバウアー分光法は有効な手段となり得る。さらに,セラミクス,冶金材料,鉱物材料といった分野においても,個々の粒子に着目した化学分析や磁性分析が可能であると考えられる。たとえば,鉱物試料における特定粒子の測定や,冶金材料・セラミクスにおいて反応が生じている粒子に焦点を当てた分析が可能であり,特徴的な粒子を選択的に評価することができる。本装置を用いた測定により,材料の局所的な機能発現メカニズムの理解が深まり,材料設計やプロセス最適化への貢献が期待される。

なお,本装置はマテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM)の供用装置として登録されており,課題申請を行うことで利用が可能である11)。ご興味をお持ちの方は,ぜひお気軽に問い合わせていただきたい。

参考文献
1)藤田英一:“メスバウアー分光入門−その原理と応用−”,(1999),(アグネ技術センター).
2)野村貴美,ミニメスバウアー分光器と火星探査, RADIOISOTOPES 63, 263-278 (2014).
3)J. B. Hastings, D. P. Siddons, U. van Bürck, R. Hollatz, U. Bergmann, Phys. Rev. Lett. 66, 770 (1991).
4)M. Seto, R. Masuda, S. Higashitaniguchi, S. Kitao, Y. Kobayashi, C. Inaba, T. Mitsui, Y. Yoda Phys. Rev. Lett., 102, 217602 (2009).
5)G. V. Smirnov, U. Van Bürck, A. I. Chumakov, A. Q. R. Baron, R. Rüffer, Phys. Rev. B 55 5811 (1997).
6)T. Mitsui, M. seto, R. Masuda, Jpn. J. Appl. Phys. 46, L930 (2007).
7)T. Mitsui, N. Hirao, Y. Ohishi, R. Masuda, Y. Nakamura, H. Enoki, K. Sakaki, M. Seto J. Synchrotron Radiat. 16, 723 (2009).
8)K. Fujiwara, S, Nakamura, S. Shimomura, T. Mitsui, JPS Conf. Proc. 41, 011002 (2024).
9)T. Mitsui, K. Fujiwara, S. Sakai, S. Li, J. Okabayashi, Y. Kobayashi, M. Seto, Interactions 245, 347 (2024).
10)K. Fujiwara, T. Mitsui, N. Hasegawa, M. Nishikino, Y. Kobayashi, K. Mibu, K. Shinoda, R. Masuda, M. Seto, Appl. Phys. Express 17, 082002 (2024).
11)QSTマテリアル先端リサーチインフラ, 量子科学技術研究開発機構. 2025-5-31 https://www.qst.go.jp/site/arim/(参照2025-8-22).

■Development of synchrotron radiation micro-Mössbauer spectrometer
■Kosuke Fujiwara
■National Institutes for Quantum Science and Technology, Kansai Institute for Photon Science, Synchrotron Radiation Research Center, Magnetism Research Group, Senior Researcher

関連記事

  • 金並みの導電性と赤外透明性を有する高耐久酸化物薄膜

    5. CoO2終端面の大きな仕事関数と界面機能 金属性デラフォサイトのもう一つの大きな特徴は,表面終端や界面構造によって仕事関数が大きく変化する点である3, 24)。PdCoO2では,Pd+層と[CoO2]–層が交互に積…

    2026.06.23
  • 表面偏析と自己組織化を組み合わせたペロブスカイト太陽電池の自発的積層制御技術

    ミニインタビュー 石川先生に聞く 試行錯誤の先に見える,表面偏析研究の面白さ ─研究を始めたきっかけから もともと学生時代に有機薄膜太陽電池の研究をしていて,その中で表面偏析の制御に取り組んでいました。その流れで,ペロブ…

    2026.06.10
  • 超小型衛星搭載に向けたハイパースペクトルカメラの小型化と軌道上観測

    3.2 6U級超小型衛星「AE2a」による観測例 さらに,空間分解能を向上させたLVBPF型ハイパースペクトルカメラを,アークエッジ・スペースがNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助事業の一環として開発した…

    2026.05.13
  • 新規赤外受光材料の開発に向けたMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長

    5. 今後の課題と性能向上の展望 以上の成果により,Si基板上へのMg3Sb2薄膜のエピタキシャル成長と赤外光応答を世界で初めて実証したが,実用レベルのセンサーとして完成させるためにはいくつかの課題が残されている。現在作…

    2026.05.13
  • 地球と人工知能を繋ぐ光ファイバーセンサー

    図5に野外実験の結果を示す。図5(a)はRAWデータである。縦軸はセグメント数,横軸は距離,画像の色は瞬時位相を示している。図5(b)は,RAWデータをPIXART-Σの初期ノイズとして利用して生成した画像である。図5(…

    2026.02.26

新着ニュース

人気記事

編集部おすすめ

  • オプトキャリア