3. 放射光メスバウアー光源
RI線源から発せられるγ線は,電球の光のように四方八方に広がり,指向性を持たないため,顕微分析手法への応用には制約が多く,困難であった(図2(a))。放射光技術の発展によって,放射性同位体(RI)線源に代わり,放射光を用いたメスバウアー分光計測も行われるようになってきている。

放射光によるメスバウアー分光計測の手法はいくつか開発されているが3, 4),その中でも本稿では,放射光メスバウアー光源を用いている。この方法は,57FeBO₃結晶の電子散乱は禁制であるが核共鳴散乱は許容する純核ブラッグ反射を用いて,放射光をneVレベルまで単色化する手法である5)。通常のX線分光器におけるエネルギー幅がeVオーダーであることを考慮すると,本手法が桁違いの単色性を実現していることが理解できる。
さらに,分光結晶を機械的に振動させることで,RI線源と同様にドップラー効果を利用したエネルギー変調も可能である。このようにして得られるγ線は,放射光を起源とするため,レーザー光のような強い指向性を有しており,市販のRI線源と比較して10万倍以上の輝度を持つ点が大きな特徴である(図2(b))。高輝度かつ高指向性のγ線は集光が容易であり,顕微分光に極めて適した光源として注目されている6)。
この放射光メスバウアー光源を用いた放射光メスバウアー分光装置は,SPring-8の量子科学技術研究開発機構(QST)専用ビームラインBL11XUに設置されており,国内では唯一の装置である7)。BL11XUでは,顕微分光に対応するための集光ミラーおよび多目的ステージが整備されており,集光点において精密移動ステージや回転ステージを利用可能な,放射光顕微メスバウアー分光装置が開発されている。集光ミラーにより,γ線を約20 μmまで集光することが可能であり,これを用いた薄膜試料の全反射を利用した測定や顕微計測が展開されている(図3(a))8)。

メスバウアーγ線によって励起された原子核は,脱励起の際に電子やX線を放出する。これらはそれぞれ内部転換電子および内部転換X線と呼ばれ,これらの放出を検出することで,表面近傍に特化したスペクトルの取得が可能となる。この手法は,厚みのある試料や基板上の薄膜など,透過計測が困難な対象にも適用可能である。
開発した放射光メスバウアー顕微分光装置には,内部転換電子,内部転換X線,透過γ線の計測を同時に行うことが可能なハイブリッド検出器が搭載されており,多目的ステージと組み合わせることで,散乱および透過の同時計測も可能である。
4. 分析事例
4.1 局所分析の例(腐食を受けた鉄鋼材料)
17年間にわたり大気腐食を受けた鉄鋼材料について,表面に生成した錆の種類およびその進行状況を評価するため,放射光顕微メスバウアー分光装置を用いて化学分析を実施した。
対象試料は厚みが大きく,透過条件での測定が困難であったため,内部転換電子を用いた散乱条件での測定手法を採用した。
本分析では,試料の側面から集光γ線を照射し,精密XZステージを用いて表面付近にビームを集中的に照射することで,ピンポイントでの測定を実施した。図に示す試験片断面図において,黄色の点で示した位置(表面から20 μm,120 μm,250 μmの深さ)に対して,約20 μmのビーム径で照射し,各点で約2時間の積算測定を行った。
その結果,最表面付近ではドップラー速度0付近にピークが観測され,これは非磁性のCr置換ゲーサイト(α-FeOOH)に由来するものであることが判明した。一方,内部では6本のピークが観測され,これは純鉄に由来するスペクトルである。また,120 μmの深さでは,純鉄(青色成分)とゲーサイト(赤色成分)の両方が共存していることが確認された(図4)。

これらの結果から,本試料においては,表面から120 μm以下の領域にCr置換ゲーサイト(α-FeOOH)が存在していることが明らかとなった。さらに,このゲーサイトは超常磁性的に非磁性化しており,粒径がナノ領域まで微細化していることが示唆される。この微細化したゲーサイトが保護膜として機能していると推定され,錆の進行は120 μm程度に抑制されていると評価された9)。



