ガス分子のバイオ動画像センシング技術および経皮ガス応用

2. バイオ蛍光法に基づくガスイメージング

2.1 バイオ蛍光法の原理

バイオ蛍光法に基づくガスイメージングでは,補酵素nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)を要する「NAD依存性脱水素酵素」を用いる。NAD依存性酵素が触媒する基質(ここではVOC)酸化・還元反応は図1(a)のように一般化できる。すなわち,本反応系においてVOCRD(還元体)はVOCOX(酸化体)へと酸化される。その際,酸化型NAD(NAD+)は電子受容体として機能し,還元型NAD(NADH)へと変化する。本反応系において,NADHのみが波長340 nmに光吸収ピークを有し,光励起により460〜490 nmにピークを有する蛍光を放出する。本反応系における基質と補酵素の酸化および還元は等量にて生じる。また,NADHが生じる蛍光強度は,その濃度に依存することからNADH蛍光強度を測定することで基質濃度の定量が可能となる。なお,図1(a)に示しているように一部のNAD依存性酵素は,pH(弱アルカリ性 or 弱酸性)および反応場の補酵素種(NAD+ or NADH),及びその濃度を調整することで基質の酸化・還元方向を制御できる。つまり,VOCOX還元により生じるNADH蛍光強度の減少での濃度定量も可能である。図1(b)は当研究室にて実施したバイオ蛍光法に基づくセンサ開発に利用した酵素および測定可能なVOCの一例である(全体像は総説に記載1))。これまでに,多くのNAD依存性酵素が発見されており,さらに酵素の起源(由来する生物種)によっては同名酵素でも基質特異性が異なることがある。一方,どのNAD依存性酵素であっても反応系は相似であるため,バイオ蛍光法では選択的に測定し得るガス種に多様性を有する。

図1 (a)バイオ蛍光法に用いるNAD依存性酵素反応の一般形,(b)利用可能な酵素およびその酵素にて選択的に測定できるVOC
図1 (a)バイオ蛍光法に用いるNAD依存性酵素反応の一般形,(b)利用可能な酵素およびその酵素にて選択的に測定できるVOC

2.2 ガスイメージングシステム

上記のバイオ蛍光原理を二次元面に展開するとガスイメージングが可能となる。具体的にはNAD依存性酵素を通気性の高いコットンメッシュ(面積90 mm×90 mm程度)に均一に固定化し,補酵素(NAD+ or NADH)を同様に均一塗布し,その後,蛍光イメージング装置に設置し,ガスを負荷して蛍光観察する。コットンメッシュ平面に固定化された酵素,塗布された補酵素,そして照射される励起光強度の分布が均一である条件において,観察される蛍光強度分布は酵素反応量の分布を反映するため,基質濃度分布となる。この蛍光強度分布の時間変化を高感度カメラにて動画像として取得するとガス濃度の時空間イメージングが可能となる。図2はNAD依存性酵素にアルコール脱水素酵素(ADH)を用いた際に可能となるエタノール(EtOH)ガスのイメージング系である。図2(a)の酵素反応に従ってEtOH濃度に応じて生じるADH固定化メッシュ上の蛍光分布を図2(b)のイメージング系にて撮像する。なお,身体のような複雑な凹凸を有する三次元物体から放出されるガス成分のイメージングのためにはガス感応面であるADH固定化メッシュとガス放出源の曲面との距離を一定とすることが正確な時空間イメージングに必要となる。図2は同長の金属パイプを貫通穴つきアクリル板に最密配置した「2D真弧」である。片面にADH固定化メッシュを貼付し,反対面より測定対象物を押し付けることで対象物の曲面形状がADH固定化メッシュへ等距離を保ち反映される。

図2 (a)アルコール脱水素酵素のEtOH酸化触媒反応,(b)バイオ蛍光法によるガスイメージングシステムの構成例,(c)2D真弧の作動例 ※American Chemical Societyの許諾を得て文献2)より転載
図2 (a)アルコール脱水素酵素のEtOH酸化触媒反応,(b)バイオ蛍光法によるガスイメージングシステムの構成例,(c)2D真弧の作動例 ※American Chemical Societyの許諾を得て文献2)より転載

3. ガスイメージングシステムの性能の一例

EtOHガスイメージングシステムにおいて,ADH固定化メッシュの中心に100 ppmの標準EtOHガスを点負荷した際の蛍光動画を図3(a)に示す。ガス負荷に伴って負荷点を中心とした蛍光強度の増加が観察された(文献2)にて動画閲覧が可能)。一方で,蛍光強度は撮影時点までの酵素反応の総量を反映するために表示されている画像を見ただけでは,“今ガスが存在するかどうか”をリアルタイムに判断できない。対して,蛍光動画像を時間領域にて擬似微分することで図3(b)に示すようにEtOH濃度分布のリアルタイム表示が可能となる(文献2)にて動画閲覧が可能)。ADH固定化メッシュに負荷するEtOH濃度を変化させ,得られた微分動画像を数値化した結果を図3(c)に示す。ガス負荷開始直後より微分シグナルの増大が観察され,ガス負荷停止後には速やかに初期値へと回復する様子が観察された。また,ガス濃度に応じた微分シグナルのピーク値が得られた。このピーク値をもとに検量線を作成した結果,飲酒時の呼気中EtOH濃度(飲酒運転閾値80 ppm)および「非」飲酒時の呼気中EtOH濃度(約200 ppb)を含む,20 ppb〜300 ppmの広いダイナミックレンジが得られた(図3(d))。なお,蛍光強度より定量範囲を算出する場合は,前述のように反応総量の積算値を使用するために2倍ほど感度が向上する。また,ADHのガス選択性についてヒト生体ガスに含まれる主要なVOCを負荷して調べた結果,EtOHを含まないサンプルでの出力は無視できる程度に小さかった3)

図3 (a)ガス負荷により得られる蛍光動画像,(b)微分解析によるガス濃度の時空間イメージング例,(c)異なる濃度の標準EtOHガスを負荷して得られる微分動画像を数値化して得られるシグナル,(d)蛍光強度および微分解析値に基づくシステムのEtOHガス定量特性 ※American Chemical Societyの許諾を得て文献2)より転載
図3 (a)ガス負荷により得られる蛍光動画像,(b)微分解析によるガス濃度の時空間イメージング例,(c)異なる濃度の標準EtOHガスを負荷して得られる微分動画像を数値化して得られるシグナル,(d)蛍光強度および微分解析値に基づくシステムのEtOHガス定量特性 ※American Chemical Societyの許諾を得て文献2)より転載

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