ジョーンズベクトルで記述できる全ての偏光・位相を生成する液晶空間光変調器

5. 液晶素子に対する耐光性の付与

液晶素子は本来熱に強いデバイスではない。その理由は液晶自体が熱の影響を受けやすいためであり,その損傷の要因となる熱の発生源は基板や液晶の光吸収よりも透明電極薄膜や配向膜の吸収,発熱であり,それが熱伝導によって液晶へ伝わることで液晶温度が上がり,液晶の可逆,もしくは不可逆な熱損傷の原因となる。そのため,高強度光を用いる用途には,液晶素子に用いる基板を,通常使用されるガラスに比べて数十倍熱伝導率の高いサファイア基板を用いることで,数十Wのレーザー光にも耐えうるものとした。また,基板の強度,剛性も向上するため,従来より薄い基板の使用による更なる小型化も可能となる。

6. PMCの応用

新規に開発したPMCの自由度を有効に使った応用技術の開発は,これからじっくり取り組むべき研究テーマであるが,現在は既に有効性が確認された以下に述べる軸対称ベクトルビーム応用技術を,複屈折性媒質を含めた任意の媒質中でも利用可能とする補償技術を開発する。

6.1 ラジアル偏光を用いた立体的な分子配向の計測
図9 スカラーマッピングとベクトルマッピング
図9 スカラーマッピングとベクトルマッピング

図9(a)に示すように,従来の顕微鏡は観測対象の中の標的分子の濃度を3次元スカラー計測する計測器であったが,それを図9(b)のように,3次元空間内にベクトル場を描くように,分子配向も含めて計測するのが3次元立体配向顕微鏡である。

その原理を図9に示す。顕微鏡において入射ビームを試料に集光した時,焦点では光電場がベクトル合成される。そのため,顕微鏡において直線偏光を集光した結果,焦点においては光軸方向(観測面外方向)の電場が打ち消し合うことによって,光による励起方向は観測面内に限定される。そのため,通常の偏光を使用した分子配向計測は観測面内方向に限定される。

図10 励起側,観測側における立体配向計測の原理
図10 励起側,観測側における立体配向計測の原理

ここで,ラジアル偏光を集光すると,逆に観測面内方向が打ち消され,観測面外方向,すなわち,Z方向電場が形成される。これにより,例えば図10(a)に示すとおり,観測面内方向に遷移モーメントが向いている分子に対しては直線偏光が,図10(b)のように観測面外方向に遷移モーメントDが向いている分子に対してはラジアル偏光の励起効率が高く,偏光と信号光の間に相関が生じる。その結果,水平,垂直,ラジアル偏光による信号光強度の違いを計測することによって,X, Y, Zの各方向の分子配向成分を検出できる。

さらに,検出側でPMCを使用することで配向測定を行うことができる。励起された遷移モーメントが観測面上に存在している時,そこから放射される光は対物レンズを通して検出器へ向かう。そのビームがもつ偏光状態は遷移モーメントDの配向情報を含んでいる。すなわち,X, Y, Zの各方向の分子配向成分はおおよそ水平,垂直,ラジアル偏光に近い偏光を持つため,PMCを用いて直線偏光へ逆変換を行えば,検光子による偏光フィルタリングによって分子配向を検出することが出来る。

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