東京大学と産業技術総合研究所は,次世代AIアクセラレータに向けて行列-ベクトル乗算を加速できる新しい光プロセッサを開発した(ニュースリリース)。
AI 技術では,従来よりも桁違いに多くて複雑な演算が必要とされることから,行列-ベクトル乗算(MVM)が基本演算として頻繁に用いられる。
このMVMの処理効率を高める光プロセッサの研究が大きな注目を集めており,光の波長やモードなどの自由度を利用して,光によるMVM(光MVM回路)が実証されてきたが,光信号の大きな減衰や信号同士の干渉などの問題により,大規化には限界があった。
今回研究グループは,従来の光演算手法の課題であった波長やモードの多重化に依存せずに,複数の光信号を効率的に加算・演算できる新たな光MVM回路の構成を提案した。複数の入力ポートを備えた多ポート光検出器を用いることで,異なる導波路に伝搬する光信号を一括で受光・加算する仕組みを構築した。
この回路では,マッハ・ツェンダー干渉計(MZI)アレイによってベクトルおよび行列の要素に対応した光強度変調を行ない,光信号が2回の変調を受けることで,光のまま乗算処理を実現する。変調された複数の光信号はGe-on-Si構造の多ポート光検出器で受光され,その合計パワーに比例した電流として出力されることでMVMの結果が得られる。
実証実験では,幅440nm,厚さ220nmのシリコン導波路を用い,入力ポート間の間隔を300nmまで縮めることでデバイスのコンパクト化と高速応答を実現した。干渉の影響もほとんどなく,加算処理が正確に行なわれることをシミュレーションおよび実験で確認した。
この光回路に20個のMZIと4つの4ポート光検出器を組み合わせ,アイリス花の分類タスクによるニューラルネットワーク推論を実施した。光MVMによる演算とコンピュータによる補完処理を組み合わせることで,93.3%という高精度な推論が達成された。加えて,より大規模なタスクであるFashion-MNISTにも対応し,計算上では90.53%の正解率を記録した。
研究グループは,この成果は,光技術を活用した次世代AIプロセッサの実現に向けて,高速かつ省電力なハイブリッド演算アーキテクチャの確立に大きく貢献するものと期待されるとしている。