芝浦工業大学,早稲田大学,物質・材料研究機構は,可逆的な酸化還元反応によって可視(VIS)から近赤外(NIR)・短波赤外(SWIR)領域へと蛍光をスイッチできる有機色素材料の開発に成功した(ニュースリリース)。
有機蛍光分子は,医療診断用のバイオイメージング,赤外発光デバイス,レーザー,太陽電池など多様な分野で注目されている。中でも,近赤外(NIR)や短波赤外(SWIR)領域で発光する分子は,生体透過性が高く,生体深部の観察や疾患検出に適しているとされている。
しかし,これらの発光特性を持つ有機化合物の設計は困難で,通常は多段階の合成ステップを経て大きなπ共役系分子を構築する必要がある。また,一般的な有機分子はC–H結合などを多く含み,励起状態のエネルギーが熱失活してしまうため,赤外発光が著しく弱くなるという課題があった。そのため,近赤外発光有機色素の開発は合成学的な挑戦として,幅広い分野で興味が持たれている。
研究グループは,電子受容性に優れたピラジナセン骨格に電子供与性のトリフェニルアミン基を導入した新しい有機色素を開発し,可視光から近赤外・短波赤外領域までの発光を単一分子内で可逆的に切り替えることに成功した。
これらの分子は,還元状態では可視領域で強く発光し,酸化されると発光波長が大きく低エネルギー側へ移動し,近赤外(NIR~SWIR)領域に到達する。この発光スイッチングは,化学反応だけでなく電気化学的にも達成でき,しかも構造変化は最小限(1つの6員環内の電子状態変化)のみで完結するという,これまでにない分子設計となっている。また,C–H結合が存在しないピラジナセン構造を採用することで,熱失活を抑制し,NIR領域でも比較的高い発光量子収率を得た。
今回得られた分子設計戦略は,電荷移動の活用と今後の赤外蛍光材料の開発において合理的な合成指針を提供する。特に,簡便な酸化還元操作によって発光特性を制御できるという特性は,疾患関連の酸化還元環境を可視化する蛍光プローブの開発や,電気化学的スイッチング素子への応用が期待できるという。
さらに,ピラジナセンの構造は他のドナー・アクセプター系にも応用可能であるとし,研究グループは,今後は分子設計の多様化によりさらなる性能向上が見込まれるとしている。