高速波長可変レーザーと広帯域光音響顕微鏡

6. おわりに

PAIにおいて,様々な物質を対象とした機能イメージングを実現するために,超広帯域高速波長可変レーザーを開発した。OR-PAMに搭載するためのレーザーとしては,繰返し周波数5 kHz,可変波長範囲700−1100 nmを有するチタンサファイアレーザーを構築した16, 17)。また,より高パルスエネルギーが要求されるAR-PAMに搭載するためのレーザーとしては波長可変レーザー励起光源をLD励起Nd:YAGレーザーからLD励起Nd:YLFレーザーに変更することで,繰返し周波数1 kHz,可変波長範囲700−950 nm,最大出力>1 mJを達成した18)。社会実装を目的としたレーザーの開発においては,応用を限定することで低コストかつ小型なレーザーを,実用化機関である民間企業と共同で開発した。

AR-PAM用広帯域電子制御波長可変レーザーの開発,ワイドフィールド可視化システムの社会実装においては,主に深部計測を対象としているため,十分な光量が届くように“生体の窓”と呼ばれる吸収係数が低い近赤外波長を発生させるレーザーを開発した。これまでは,繰返し周波数が数十Hz前後までしか対応できないフラッシュランプ励起レーザーが主に使われているが,我々が開発したLD励起レーザーは高繰返し化が可能であるため,より短時間でのPAIが期待できる。一方,マイクロ可視化システムの社会実装においては,計測範囲が浅部であるため,高い吸収係数を有し,より低パルスエネルギーでのイメージングが可能となる波長域である500−600 nmを選択した。比較的市場に出回っていてコスト優位性を得やすい第二高調波レーザーと,低パルスエネルギーでも高効率が得られる擬似位相整合波長変換素子を用いることで,小型2波長切り替えレーザーを実現した19)

開発した広帯域波長可変レーザーに光音響顕微鏡を対応させるために,屈折率の波長依存性の影響を受ける透過光学系を反射光学系及び対称光学系に置き換え,広帯域に対応した新しい光音響顕微鏡を開発した21, 22)。PAI実測に先立ち,高散乱体であるプラスチックの拡散反射特性や拡散透過特性を計測し,吸収係数や平均自由行程,異方散乱パラメーターといった光学特性を光学シミュレーションによって間接的に推定した32)。上記3パラメーターからサンプル内光吸収空間分布をシミュレーションすることが可能であるため,光吸収分布から光音響波の初期音圧分布を導き出し,音響シミュレーション[B29]と組み合わせることで,超音波探触子を配置するサンプル表面における超音波強度の推定が可能となるであろう。今後は,新規材料等におけるPAI適用可能性を光学・音響シミュレーションによって推定する一連の手法の確立を目指す。

謝辞

本稿で紹介した研究は,理化学研究所 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田智之チームリーダー,加瀬究先任研究員,月花智博テクニカルスタッフ,先端光学素子開発チームの田島右副専任研究員,環境資源科学研究センター バイオプラスチック研究チームの阿部英喜チームリーダー,国立情報学研究所 佐藤いまり教授のご協力のもとで行った研究です。この場を借りて深く感謝申し上げます。また本研究の一部は,総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」及び,理化学研究所エンジニアリングネットワーク「データ駆動型ものづくりシステムの開発」「光超音波法を用いた牛乳房炎の非侵襲早期診断技術の開発」「超微細画像診断による高速かつ正確な画期的細胞診の確立」の一環として実施したものです。

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