広島大学と米ウィスコンシン大学の研究グループは、ビスマス結晶のBi(110)表面に形成される電子状態をスピン・角度分解光電子分光(Spin-ARPES)で観測し、結晶対称性によって消失すると考えられていたスピン偏極が、実際には電子の波動関数の量子干渉によって隠されていることを明らかにした。研究グループによると、この隠れたスピン偏極を実験的に可視化したのは世界初だという(ニュースリリース)。

電子は電荷に加え、微小な磁石に例えられるスピンという性質を持つ。このスピンを情報の記録や演算に利用するスピントロニクスは、低消費電力の電子デバイスを実現する技術として期待されている。特にビスマスはスピン軌道相互作用が強く、表面にスピンの向きがそろった電子状態が形成されることが知られている。
一方、電子スピンの向きは結晶の対称性によって制限される。Bi(110)表面では、運動量空間の対称性が高い位置において、表面に垂直な方向のスピン成分はゼロになると考えられてきた。しかし、その状態にスピン偏極そのものが存在しないのか、複数の電子状態が打ち消し合うことで観測できなくなっているのかは明らかになっていなかった。
研究グループは、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)の高性能Spin-ARPES装置を用い、Bi(110)表面の電子スピンを三次元的に測定した。その結果、本来はゼロになるはずの面直方向のスピン偏極が、対称性の高い位置でも大きく観測される場合があることを確認した。
さらに、第一原理電子状態計算に波動関数アンフォールディング法を適用して解析したところ、対象となる表面電子状態は、互いに逆方向へ伝搬する二つの波動関数から構成され、それぞれが反対向きの面直スピン偏極を持つことが分かった。通常は二つの波が量子干渉を起こし、スピン偏極を完全に打ち消すため、外部からはスピンが存在しないように見える。
これに対し、光電子分光では、光の照射によって電子が物質外へ放出される過程で、二つの波動関数の一方が選択的に観測される。このため、量子干渉によって隠されていたスピン偏極が測定結果に現れたという。これは、逆位相の二つの音が通常のマイクでは打ち消し合う一方、指向性マイクで一方だけを拾うと音が検出できる現象に例えられる。
今回の成果は、結晶対称性だけでは説明できなかった電子スピンの振る舞いを、波動関数の量子干渉という観点から理解できることを示したもの。研究グループは、この考え方がビスマスに限らず、強いスピン軌道相互作用を持つさまざまな量子材料に適用できる可能性があるとしている。また、Spin-ARPESを用いて従来は観測できないと考えられていた電子状態を可視化する手法として、新たな量子材料やスピントロニクス材料の探索への貢献が期待されるとしている。



