電気通信大学と、伊SISSAは、長距離相互作用スピン系におけるQMEを理論的に解析し、実験で観測されたQMEの微視的メカニズムを解決した(ニュースリリース)。

「平衡状態から遠い初期状態ほど、平衡へ戻るのに時間がかかる」という考え方は、非平衡過程の素朴な直感として広く受け入れられている。一方で、現実の系ではこの直感と異なる振る舞いが報告されてきた。その代表例が、「熱い水の方が早く凍る」ムペンバ効果である。この直感に反する現象は、古くはアリストテレスの記述にも見られるが、1960年代のタンザニアの高校生E.Mpembaによる再発見以来、ムペンバ効果として現代物理学の文脈で盛んに研究されている。
近年、この種の「緩和の逆転」が孤立量子多体系でも起こり得ることが実験的に示され、量子ムペンバ効果(QME)として注目されている。特に、長距離相互作用をもつスピン系を模擬するイオントラップ量子シミュレーター等では、対称性を破った初期状態からの緩和過程において、初期状態の「対称性の破れ」が大きいにもかかわらず、対称性の回復がより速く進む場合が報告されている。しかし、その微視的メカニズムは解明されていなかった。
今回の研究では、長距離相互作用をもつ量子スピン系を理論モデルとして採用し、量子クエンチ後の非平衡ダイナミクスを解析した。初期状態として、実験で用いられる状況に対応する傾斜強磁性状態を考え、傾き角(=対称性の破れの大きさ)を連続的に変えて、z軸周りの対称性回復の時間スケールが初期条件にどう依存するかを比較した。解析には、長距離相互作用系で有効な近似手法である時間依存スピン波理論を用いた。巨視的磁化の運動(平均場的な歳差運動)と、その周りに生じるスピン波=準粒子励起(量子ゆらぎ)を分離して扱い、どのモードが対称性回復を支配するかを追跡した。
時間依存スピン波理論を用いた解析によって、対称性回復は古典的な緩和像ではなく、磁化の量子ゆらぎが成長して初期の強磁性秩序が溶ける過程として理解できること、またこの機構が量子ムペンバ効果(QME)の原因になることを示した。さらに、相互作用の範囲を変えた比較を通じて、QMEが長距離相互作用系では広い条件で現れ得る一方、短距離系では現れない場合があることも示した。
今回の研究でメカニズムが明らかとなった量子ムペンバ効果は、目的の量子状態をより早く準備する手法として、量子コンピューターや量子シミュレーションの分野への応用が注目されている。



