
高輝度光科学研究センター(JASRI)は,筋肉にX線を当てて得られる2次元の回折像から計算により,筋肉細胞内の微細な3次元構造を直接可視化する方法を開発した(ニュースリリース)。
筋肉細胞の内部には,収縮をつかさどるタンパク質が規則的に並んでいる。このため,筋肉にX線を当てると,タンパク質によって散乱されたX線が互いに干渉を起こして,きれいな干渉のパターン(回折像)が記録できる。この回折像には,筋肉の微細な内部構造や,その動きに関する情報を多く含まれている。ただし,それを正しく解釈するためには難解な回折理論の理解が必要。
数学的にいうと,散乱像,回折像というのは試料の形状をフーリエ変換したもの。これをもう一度フーリエ変換(逆フーリエ変換)すると,試料の拡大像が結像される。光学顕微鏡のレンズは,この逆フーリエ変換を行なっていることになる。
しかし,X線散乱像,回折像を逆フーリエ変換して拡大像を結像するには,散乱した波の「振幅」と「位相」の情報が必要で,「位相」情報は散乱像,回折像を記録するときに消えてしまうため,難しい。
最近,この一旦消えてしまった位相情報を計算によって回復するアルゴリズムが開発され,計算によって試料の拡大像を得る方法が考案された。これはレンズの代わりに計算機を使う手法なので,レンズレス・イメージング(レンズを使わない結像法),またはコヒーレント回折イメージング(CDI)と呼ばれる。
今回研究グループは,この手法を発展させ,筋肉にX線を当てて得られる2次元の回折像から,計算により筋肉の内部にある分子の3次元構造を立体的に「結像」させ,筋肉細胞内の微細な3次元構造を直接可視化する方法を開発した。
これは立体視のできるX線顕微鏡と呼ぶことができ,「レンズレス・イメージング」の手法を発展させたもの。一般的に,レンズレス・イメージングにはX線自由電子レーザー施設SACLAが発生するような波面の揃ったレーザーの性質を持ったX線が必要と考えられているが,開発した手法は大型放射光施設SPring-8のような従来型の蓄積リング放射光でも実現可能。
研究では計算機の容量の関係から256×256×256画素(ボクセル)の空間での計算しか行なえなかったが,研究グループは,今後計算機の能力が向上し,さらに大きな空間で計算ができれば,計算の精度が上がり,質の高い3次元像が結像できるようになるとする。また筋肉以外の試料にも応用を広げていくことも視野に入るとしている。