薄明光線って言えますか?

著者: 月谷 昌之介

夕方になって西から急に暗い雲がのしかかってきた。随分と不吉な空模様だと思っていたが,不意に西側の雲の隙間から太陽の光が突き差してきて,モノトーンになっていた景色の中に高速道路だけをカラーで際立たせる。年のうちに何度も見ない不思議な景色だ。

ちょうど仕事が終わる時間で,外に出てみたら雪雲がかかった西の山間から空を左方向に向かってオレンジ色の光線が一筋伸びている。これも珍しい景色なので,いつも持ち歩いているコンパクトデジカメで写真を撮っていたら,会社の文系の知り合いが近づいてきて,「あの光って何ですか?」と聞いてきた。僕は「あれは薄明光線(ハクメイコウセン)と言って…」とスマートに答えたいところだったのだが,“薄明光線”という言葉が出てこない。

結局,「あれは雲間から空に差し込む光線ですねえ」と,見えているそのままの説明をしたものだから,彼は,(ふーん,光の専門家なんて言っているけど大したことないな)という顔だ。僕は若い頃から肝心な時に肝心な言葉をど忘れしてしまって,それを後から思い出してくよくよしてしまうのだけど,この時も,人に向かって初めて薄明光線という言葉を使えるチャンスだったのに…,と,なんだか残念な気持ちを引きずっていたのだった。

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