3. アルミニウム合金表面におけるYAGレーザーによる微細溝形成技術
3.1 軽金属の不働態皮膜が影響するレーザー加工の熱拡散特性と対策
アルミニウム,チタン,マグネシウムなどの軽金属は,大気中で自然に形成される不働態皮膜により高い耐食性を示す。この皮膜は通常,数ナノメートルから数十ナノメートル程度の厚みを持ち,母材を外部環境から保護する役割を果たしている。一方で,表面改質や微細加工を施す際には,この皮膜の存在が大きな制約となることが多い。特にレーザー加工においては,不働態皮膜がセラミックスに類似した低い熱伝導率を持つため,照射エネルギーの散乱や反射が増加し,基材への熱入力が抑制される傾向にある。加えて,アルミニウム自体は極めて高い熱伝導率を有しており,吸収された熱がすばやく拡散される。これにより,加工部位での局所的な温度上昇が困難となり,安定した溶融や再凝固,さらには微細構造の形成が妨げられる。この現象は逆向きに熱遮断が働き,レーザー加工の安定性と精度に大きく影響する。
このような課題に対しては,皮膜の除去処理やレーザーの波長・パルス幅の最適化によって加熱効率を高める工夫が不可欠であり,さらにはレーザーアブレーションや多光子吸収といった非熱的メカニズムを活用した加工プロセスの導入も検討されている。
3.2 アルミニウム合金表面上に形成する不働態皮膜
アルミニウム合金はその優れた機械的特性と軽量性から広く用いられているが,合金組成によっては耐食性に大きな差異が認められる。特に高強度型の2000系(Al-Cu系)および7000系(Al-Zn-Mg-Cu系)合金は,不働態皮膜の形成が不均一かつ脆弱であるため,局所的な腐食が発生しやすい傾向にある。2000系合金では,添加された銅の析出相が腐食の起点となることが知られており,形成される酸化皮膜も連続性に欠けることから,十分な保護効果が得られにくい。一方,7000系合金では高強度が得られる反面,皮膜の厚みや均一性に課題があり,特に粒界に沿った腐食やピット腐食が生じやすい。これらの材料に対しては,皮膜の特性を理解した上での加工条件の最適化が不可欠であり,選択的な腐食挙動を制御する技術の導入が有効となる。
3.3 YAGレーザー加工したアルミニウム合金表面の微細溝形成と処理中の元素拡散挙動
著者は,耐食性に課題を抱えるA7075合金に着目し,その表面にYAGレーザーを用いてμmオーダーの微細溝構造を形成する新たな加工技術を開発した。本手法では,レーザー加工と化学的腐食を組み合わせることにより,新たな表面改質を実現している。
処理前には,酸化皮膜の除去とレーザー吸収性の向上を目的として,エメリー紙による軽研磨とブラックガードスプレーによる表面黒色化処理を施している。YAGレーザーの照射により,照射中心部では材料が溶融し,デンドライト状の微細構造が形成されることが観察された(図2)。溶融部と未加工部の硬さを比較した結果,熱影響部では相対的に硬度が高くなることが確認されている。

熱影響部の断面をエネルギー分散型X線分光法走査型電子顕微鏡(SEM-EDS)で分析すると,溶融部と熱影響部の境界にアルミニウムの濃度の高い層が生成されていることが明らかとなった(図3)。この層はレーザーで生じた熱により,母材の内部から照射部に向かって,アルミニウム以外の元素が拡散したことで形成したと考えられる。アルミニウムは塩酸で腐食されやすいため,塩酸を使用して,選択的にレーザー加工後の表面を腐食させると,微細溝の形成が可能となった。本稿ではA7075合金を例に挙げて詳細を述べたが,同様の手法はA2000系合金に対しても適用可能であり,類似の微細構造形成が確認されている。一方で,純アルミニウムに対しては,本手法による有効な表面改質は現時点では実現されていない。

レーザー加工条件を調整することで,溝の深さや幅,形状を精密に制御することが可能である。これにより,例えば,へリンボーンパターン5)のような複雑な表面テクスチャも再現性高く形成できることがわかっている(図4)。




