無反射多層基板を用いた光学的精密計測

4. 無反射多層基板の作製

本技術において,無反射多層基板の作製は,研究の核心となる部分であり,それを応用することに独創性がある。本手法における,理想的な無反射基板とは,平坦で安定な多層基板であり,その作製プロセスにおいては,一般的な材料と製膜法を用いて多層構造を構築することが重要である。このために,積層させる薄膜の膜厚や順序に加え,場合によってはバッファー層や粘着層の導入が必要となる。これらの要因を考慮し,光学的に最適な設計を行うことが求められる。さらに,本手法では,無反射多層基板の最表面の材料が重要な役割を果たす。例えば,図3で示した金の表面酸化を可視化するためには,無反射多層基板の最表面を金薄膜とする必要がある。同様に,ナノ構造構築技術においては,足場となる最表面の材料が重要であり,用途に応じて必要な素材を最表面に持つように光学設計することが必要である。

これらの要求に対する無反射多層基板の設計法として有効な反射円図法を図4に示し,概要を説明する9)図4(a)に示すように,基板上にp層の薄膜を積層した多層基板を考える。この場合,各層の屈折率Nと厚さdが既知であれば,実際に観測される反射率はRsub=│ρsub2≦1で計算できる。ここで,ρは複素反射係数であり,古典的な光学理論に基づく行列計算を適用することで算出可能である。

図4 (a)計算モデルの模式図。(b)反射円図法により設計した無反射多層基板。(c)1層目の軌跡の計算モデル。
図4 (a)計算モデルの模式図。(b)反射円図法により設計した無反射多層基板。(c)1層目の軌跡の計算モデル。

本技術では,無反射多層基板の条件としてRsub=0(すなわち,ρsub=0)となる膜厚および材料の組み合わせを決定する必要があるが,この逆問題は容易に解けず,数理的に一意に解が定まらない。この自由度の中で最表面の素材や製膜プロセスを加味した解を探索することが課題となる。反射円図法とは,複素数ρを利用した光学設計法であり,無反射条件を満たす膜厚・材料の組み合わせを導出する手法である。基板上にp層の薄膜を積層する際,それぞれの層は徐々に基板から積層され薄膜が形成されると仮想的に考え,各ステップでρを計算して複素平面上に描き,ρの軌跡を設計に利用する。

図4(b)の黒の太線は図3で使用した基板構造を示し,530 nmの光に対応するAu(8.3 nm)/Cr(0.5 nm)/SiO2(112.2 nm)/Siの軌跡を示す4)。軌跡の始点は,薄膜形成前の空気中のSi基板のρbを示している。この状態から図4(c)に示すように,SiO2を少し形成したときのρを計算して図示する。このように各層の厚さを増加させるごとにρの変化を計算し,SiO2に対応する軌跡を複素平面上に描いていく。SiO₂を112.2 nmまで蒸着すると,その軌跡は円弧となることが分かる。その後,Crに対する軌跡を同様に描くと,SiO2の円弧から連続的に新たな軌跡が描かれる。最終的に最表面層であるAuを積層させていくとρは徐々に0に近づき,8.3 nm積層させると原点に到達し,無反射状態が達成される過程が視覚的に理解できる。

軌跡の終点が原点に到達した理由は,設計済みの数理モデルを計算したため,特異的にそうなるのであって,適当にモデルを構築して軌跡を描けば,軌跡の終点は原点には至らず,反射率を持つことが示される。反射円図法は,決まった手順で計算可能なρの軌跡を視覚的に確認しながら,最終的に軌跡の終点が原点に到達するよう,膜厚や素材を決める手法である。実際の設計ではSiO2の軌跡で見たように,誘電体材料の軌跡は円弧上に描かれるなど,いくつかの理論的特性があり,各種薄膜の軌跡はある程度予想がつくので,必要に応じて多様な材料の薄膜を挿入して,容易に設計ができる。

図4(b)の他の実線は,異なる多層構造の無反射基板の軌跡を示している。これらは,軌跡の終点が原点に到達するよう設計されており,最表面の材料として金属薄膜に限らず,誘電体やポリマーが利用されている。この結果は,多様な材料を最表面に用いて無反射基板を構成できることを示し,多様な分析ツールとして,本可視化手法が利用できる可能性があることを示している。

5. おわりに

無反射多層基板を利用したイメージング法の最大の特徴は,一般的な光学顕微鏡を用いて手軽に原子レベルの精密計測ができる点にある。また,本手法は試料表面の凹凸の評価にとどまらず,原理的に汎用的な表面分析法としての応用が期待される。その実現には,キーデバイスである無反射多層基板の作製技術を確立することが重要である。本稿では詳細な議論を割愛したが,実際に得られる写真のコントラストは基板の積層構造や対物レンズにおける斜め入射の影響を受けるため,本来はこれらも考慮した光学設計が必要である。このように,本技術は極めて単純な古典的原理に基づくものであるが,特有の課題も明らかになっており,これらを一つずつ解決していくことに,学術的な面白さがあり大きな意義を持つ。今後,魅力的な実証例や応用例を具体的に提示することで,本手法が多様な分野における未知の物理現象の解明へと貢献することを期待したい。

参考文献
1)Y. Hattori et al., Nanotechnology 35, 375704 (2024).
2)Y. Hattori et al., Appl. Phys. Express 15, 086502 (2022).
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6)Y. Hattori and M. Kitamura, Thin Solid Films 764, 139631 (2023).
7)Y. Hattori et al., J. Phys. Chem. C 125, 14991 (2021).
8)D. Murata et al., Jpn. J. Appl. Phys. 63, 125502 (2024).
9)J. H. Apfel, Appl. Opt. 11, 1303 (1972).

■Optical precision measurement using anti-reflection multilayer substrates
■Yoshiaki Hattori
■Department of Electrical and Electronic Engineering, Kobe University

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