組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発

開発したNIR-HSI腹腔鏡の撮像部を図4に示す。ダイクロイックミラーで近赤外光と可視光を分けることで,同時にそれぞれの像を出力することができる。厚み5 mm程度のささみ肉を撮像した際の像が図4右のように取得されており,可視像では認識できない「東京」の文字が,近赤外像では透過して認識できることが確認されている。

図4 開発したNIR-HSI腹腔鏡システム
図4 開発したNIR-HSI腹腔鏡システム

そこで,この開発したシステムを用いて,実臨床の場面を想定し,光の散乱が強く深部が見えづらいとされる脂肪組織の下に存在する神経の可視化が可能かどうかを検討した。検討方法としては,脂肪組織として厚み1〜2 mm程度の腸間膜と,識別対象となる神経組織をブタから摘出して,図5(a)のように神経の上に腸間膜を被せた状態でNIR-HSIを取得した。その結果,図5(b)のように神経が存在する領域とそれ以外の領域でスペクトルの平均に差が見られ,ニューラルネットワークで2クラス分類すると,図5(e)のように,神経の領域が青のヒートマップで示され,視覚的に良好な識別結果を示した。今回の機械学習では,一画素ごとに識別しているため,可視では色味の違いが分かりにくい画素も識別できることが確認されている。

図5 NIR-HSI腹腔鏡システムを用いた深部に存在する神経組織の可視化検討
図5 NIR-HSI腹腔鏡システムを用いた深部に存在する神経組織の可視化検討

そのため,今回の条件よりも厚い脂肪組織でも組織下の神経が識別できる可能性がある。今後は,どこまで脂肪組織の深部を透過して吸収スペクトルの情報を取得できるかの検討を行い,実際の臨床現場でNIR-HSIのデータ蓄積および解析を行っていく予定である。実臨床での撮像および解析が進めば,識別対象の拡大などが期待できる。

4. おわりに

本稿では,筆者のグループが世界に先駆けて進めてきたNIR-HSI腹腔鏡による組織深部病変や解剖構造の可視化に向けた開発について紹介した。NIR-HSIでは,1画素ごとに連続的なスペクトルを取得するため,詳細な成分分析が可能となる。一方で,現在の構成では解析や画像取得に時間がかかるという欠点も併せもつ。実臨床では手術中にリアルタイムな識別ができることを求められることから,今後は波長数削減による計算時間の圧縮や近赤外領域で色収差のない腹腔鏡レンズの開発が必要である。

これまでに,筆者らのグループはHSIで識別可能なケースにおいて,スペクトルを解析することで特徴的な数波長を抽出し,その波長を用いたマルチスペクトラルイメージング(Multi Spectral Imaging:MSI)で精度をほとんど落とさずに識別することが可能であることを報告している9, 10)。現在さらに,腹腔鏡用レンズの開発にも着手していることから,近赤外用に色収差補正された腹腔鏡レンズが実現することで,NIR-HSIの臨床応用に大きく近づくと考えられる。

参考文献
1) H. Sung, et al. CA: A Cancer Journal for Clinicians 2021, 71 (3), 209-249.
2) D. Kitaguchi, et al. Surgical Endoscopy 2020.
3) A. M. Smith, et al. Nature Nanotechnology 2009, 4, 710.
4) 上村真生;曽我公平.ぶんせき 2019, (3), 114-117.
5) K. J. Zuzak, et al. Analytical Chemistry 2007, 79 (12), 4709-4715.
6) D. Sato, et al. Scientific Reports 2020, 10 (1), 21852.
7) T. Takamatsu, et al. Sensors 2021, 21 (8), 2649.
8) T. Takamatsu, et al. Opt. Express 2024, 32 (9), 16090.
9) K. Akimoto, et al. European Journal of Applied Sciences 2021, 9 (1), 273-281.
10) A. Yahata, et al. Journal of Information and Communication Engineering 2021, 7 (2), 467-473.

■Development of laparoscopic Near-Infrared Hyper-spectral Imaging Device for Visualizing Deep Tissues
■Toshihiro Takamatsu
■Senior researcher, Medical Devices Research Group, Health and Medical Research Institute, Department of Life Science and Biotechnology, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology

タカマツ トシヒロ
所属:(国研)産業技術総合研究所 生命工学領域 健康医工学研究部門 医療機器研究グループ 主任研究員

(月刊OPTRONICS 2024年6月号)

このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。
月刊OPTRONICS編集部メールアドレス:editor@optronics.co.jp
注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。

関連記事

  • 地球と人工知能を繋ぐ光ファイバーセンサー

    4. 実験結果 実測したデータ群を図3に記載する。図3(a)はRAWデータである。縦軸はセグメント数,横軸は距離,画像の色は瞬時位相を示している。図3(b)は,RAWデータをPIXART-Σの初期ノイズとして利用して生成…

    2026.02.26
  • 安定な有機光触媒を利用した光触媒反応の開発

    ミニインタビュー 田中先生に聞く 高還元力光触媒という新しい挑戦 ─研究を始めたきっかけから (田中)私は博士課程の頃から光触媒の研究に取り組み,主に酸化力の高い触媒の開発を進めてきました。3年前に岡山大学に着任したこと…

    2026.02.12
  • フォトサーマルナノポアによる単一分子レベルでのラベルフリータンパク質構造ダイナミクス解析技術

    最後に,フォトサーマル効果を用いたナノポア温度コントロール技術を用いて,シトクロムcの検出を行った。レーザーを用いてポア自体を加熱すると,シトクロムcの捕捉時間が延長され,遮断電流値の分布が0.54〜0.64から0.64…

    2026.01.13
  • 超低電圧で発光する青色有機EL素子の開発

    ミニインタビュー 伊澤先生に聞く 異分野から切り拓く青色有機ELの世界 ─研究を始めたきっかけを教えてください。 (伊澤)もともと私は有機太陽電池の研究を行なっていました。太陽電池の効率を上げるためには,デバイス自体を光…

    2025.12.10
  • イベントベース計算撮像による光沢・透明物の外観検査

    4. 様々な対象での実験 4.1 光沢物の検査 提案手法の有効性を検証するため,まず金属光沢表面を対象とした検査実験を実施した。滑らかなステンレス平板に対し,点キズ,線キズ,擦れキズを人工的に作成した。キズを付加したステ…

    2025.11.10

新着ニュース

人気記事

編集部おすすめ

  • オプトキャリア