人々の関心事は,その心と同じで移ろいやすい。そのため,メディアは,新しいニュースにすぐに飛びつき,ときに「これでもか」と言わんばかりに騒ぎ立て,そして潮が引くかのごとく離れていく。
メディアの有り様を批判しているわけではない。これがメディアの習性であり,ニュースに敏感なのは大切なことなのだが,サイエンス,テクノロジーの分野で散見される一部メディアの報道には閉口してしまう。実用化は,まだ遠い未来にもかかわらず,目の前にきているかのようにミスリードしてしまう新聞記事のことだ。
量子コンピューターが最たる例だろう。2019 年10 月,米Google が量子コンピューターによって「量子超越性(Quantum Supremacy)を実証した」と発表。平たく言えば,当時,世界最速のスーパーコンピューターでも1万年かかる演算処理を,わずか3 分20秒で解いてしまう量子コンピューターを実現した,というわけだ。

Google の成果は,科学界を激震させる画期的なものであり,このとき初めて「量子」という言葉を知った人も少なからずいたはずだ。新聞,テレビの扱いも大きく,ニュースの価値を正当に評価していた,と思う。問題は「その後」の記事が決定的に少なく,いわゆる「書き放し」となり,まだ黎明期である量子コンピューターが手の届くところまできているのでは,といった認識を植え付けたことだろう。
科学系のニュースは,もともと新聞とは相性がよくない。新聞記事は,読者に広くあまねく理解してもらうため,専門用語を排除し,分かりやすく丁寧に,かつ簡潔に書くことが求められる。その対極にあるのが科学記事だ。社会や政治,経済,国際のニュースとは時間軸が異なる科学のニュースを,同様に扱うことで,Google の量子コンピューターのように意図せず読者をミスリードした事例はいくつもある。
今年は,量子力学の誕生から100年という節目の年である。日本でも「量子力学100年」を掲げたイベント,セミナーなどが各地で開催され,量子関連の書籍が相次ぎ刊行されている。しかし,これらのニュースを詳細に報じた新聞,テレビはほとんど記憶にない。量子コンピューター関連の開発記事を散発的に見ることはあっても,かつてのニュースの続報,検証もあまり見かけない。誰も関心を寄せないニュースはニュースではないともいえるが,私たちの日常生活を根底から覆してしまうかもしれない科学技術のニュースは違うのではないか。
新聞,テレビの無反応に対し,サイエンス系の雑誌,メディアは今年,量子をテーマにした特集企画を精力的に展開しているが,では「来年はどうするのか?」と問いたい。量子技術を丁寧に,正確に,地道に伝えなければいけないのは,周年ブームが去った101 年目以降だからだ。手前味噌だが,小誌は今年10月と来年4月に量子特集を予定しており,来春には横浜で「量子イノベーションフェア」を開催することを付け加えておきたい。



